東京駅
服部 剛
押し寄せる人波を
私は独り、逆流する。
東京駅の地下に蒸す夏。
目の前の陽炎を掻き分けて。
日常の流れに弾かれて、立ち止まる。
重い荷物を床に降ろす。
周囲には
菓子屋の店員が
陽気な大声を出している
ホームへ続く階段を上る
人々は盆の里帰り
手を繋ぐ父と息子
背を丸め杖をつく老婆
軽快に歩く若い女
夏空から吹く風に
先祖の霊が舞い降りる
故郷の村に吸い寄せられ
ホームへと続く階段の上へ
旅の鞄を背負う幾人もの後ろ姿が消える
今、私は日本の中心に独り立つ旅人。
透明な地図を入れた荷物を床に置き。
( 瞳を閉じる。
( これからの長い旅路で
( 織り成される物語の旋律に
( 耳を澄ます。
「10時04分 東京発・軽井沢行」
特急列車がいくつものトンネルを潜り抜けると、
車窓の外は山麓の避暑地。
澄んだ夏空の下に広がる森の裡
緑の木々を吹き抜ける風
揺らめく木漏れ日は、ひとすじの道の上に。