親父
虹村 凌

我が家独特。

テレビでゴン中山が「テレビのリモコンをチャンチェと言う」
と言ったのを見てから、我が家でも言うようになった。
ちなみに我が家では炭酸飲料を「しゅわっぷす」と言う。

ウチはパンに納豆をのせて喰う、と言うとキモがられる。
納豆に卵黄を入れて混ぜると、トロトロで美味いんだぜ。
でも要注意、トーストにしてからのせろよ、納豆は。
焼く前にのせた時の味は保証しないぜ。

でも揚げた納豆って美味いんだよな。
強力な換気扇が必要なんだがな。
一回家で揚げ納豆やったら、三日くらい家が納豆臭かった。

納豆の喰い方。
納豆を器にあけて、ネギと辛子をのせる。
醤油を入れる前に、右回し15回左回し15回で混ぜる。
醤油を入れてから、右回し15回左回し15回で混ぜる。
…と友達に言ったら「細かいなー」と言われた。
親父直伝だー!

照れ隠しで納豆の話。

親父はすげぇ奴だ。尊敬してるよ。尊敬してるよ。
言った事は全て完璧にやる。あぁ、全てやってしまうんだ。
出来なかった事なんて無いんだ、俺の親父には。

小さい頃、ディズニーランドに行く約束をしたんだ。
でも親父は仕事が夜遅くまであって、母親に
「もしかしたら、行けないかもしれない」って言われたんだ。
それでも俺は、YesNo形式の絵を描いて置いておいた。
翌朝、起きてそれを見ると、
「ディスニーランドに行ける」Yesって書いてあったんだよ。
今でも覚えてる。無理をしてでも、全部やってのけるんだぜ。
今だって学費を払って貰ってる。だから言う事は聞いてる。
ピアスあけない、墨入れない、風俗行かない、
バイク乗らない、髪の毛染めない…とか色々。
古い親父なんだな。

挨拶しないで家でようとして、30分説教されたり。
挨拶については五月蠅い親父だ。基本だから、な。
最近、そう言った面での親父の教育方法は正しいと思った。
年上に対しては敬語で喋る、とかな。
フランクだけど、敬語で喋るだけで社会で生きていけるんだって思った。
親父の教育は正しかった。そう思う。正しかったんだ。

絡み酒とか心が狭いとかせっかちとか、まぁ色々と欠点あるけどな。
親父の言う事はいちいち最もで、正しくて、反論出来ないんだよ。
まぁ反論する事は許されなかったんだが。
親父の言う事は正しくて、全てだった。

力で抑えつけられて、反論も反撃も出来なかった。
全てに駄目出しされて来た。
俺は馬鹿でチョンでクソでカスな奴だって言われて来た。
打ち込めると思った演劇だって、小さい頃から
「端役が似合う」って言われ続けて来た。
俺は何が出来たのだろう。何が出来るのだろう。
親父は俺の将来を心配していたのだろうけれど、
俺の夢は小学生の時に潰された。
駄目だと言われ続け、馬鹿だカスだチョンだと言われ続け、
モノカキに成りたいと言い続けてきた俺を罵倒し続けた。
何も続けられなかったと言い放った。

親父は、出来ない人間の事がわからなかったんだろう。
俺は何も出来ない人間だった。
算数も理科も社会も国語も。

一生懸命読んでた本だって、駄目だって言われた。

俺は空手をほぼ6年続けた。
剣道を5年続けた。
何かを書く事を7年以上続けてる。

親父、これでも俺は駄目なんだろ?
生きていけない。飯を食えない。わかってるさ。
一生を警備員で過ごすのか、バイトで過ごすのか、
そう言われると身も蓋も無い。だけど。
親父が、俺を心配しているのは判る。
きちんとした職業を得て、自立して、飯を食える人間に成って欲しいんだって、
常にそう思ってる事は判る。知らない訳じゃない。

親父は子供を産む気は無かったそうだ。
俺はこの世に生まれる事すら危うかった人間だったんだ。
母方の祖母との話し合いの上、俺と妹が生まれた。
俺達は、生まれてこなかった可能性が大きかった。
それだけで、何か生まれて来て良かったって思うんだ最近。

でも罵倒されてコケにされて駄目出しされて否定され続けて来た。
剣道で三段取った時だって、一応は褒めてくれたけど、
「でもまぁ昔の3段に比べたら大した事無いよな」って言った。
冗談なのか本気なのか、俺はわからない人間だった。
親父の言う事は全てだと思ってた俺は、冗談には聞こえなかった。
親父は一度も俺を認めてくれた事が無かった。
留学する時だって、
「トフルで500点取ったら認めてやる」って言ってたのに、
実際に俺が500点取ったら
「まぁ、まだまだだな。俺だって余裕で取れる」ってさ。
母や妹が言う様に、冗談にも聞こえなかった。照れ隠しにも聞こえなかった。
あぁ、親父は一度だって俺が誇った事を認めた事が無かった。
叩かれて伸びると思ったのだろうか。
否定されて伸びると思ったのだろうか。
幼くして叩き込まれてきた親父の言葉は、俺に叩かれて伸びる事を忘れさせたのだ。

悔しさから、惨めさから、失意の底から這い上がった時、
待っていたのは何時も、何時も俺を迎える暖かい言葉じゃなかった。
俺は生まれるべきじゃなかったのか?
アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、神経性繊維腫。
それでも育ててくれた。学費を出してくれた。
なのにどうして、認めてくれなかったんだ。
どうして否定し続けたんだ。
解せない。
親父の言葉は、今でも私を縛り続け、何かを止めさせる。
この一点だけ、あなたの教育は間違っていたと言いたい。
どうでもいい事を褒めないでくれ。
俺が誇った事を、どうして褒めて呉れなかったのだ。

親愛なる我が父へ、いつの日か。


散文(批評随筆小説等) 親父 Copyright 虹村 凌 2006-08-06 00:00:35
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