レレレのレ所感2
いとう



仕事も終わったので続きを書く。


方言へのアプローチは言語学的アプローチとよく似ている。
つまり、方言は、訛り、ではなく他の言語として認識したほうが
研究には都合が良い。方言は、日本語(標準語)とよく似た外国語なのだ。
方言は語彙だけでなく、音韻、文法からしてまったく異なる場合がある。
むしろ、同じほうが珍しいかもしれない。

たとえば気仙沼方言では、はい、いいえの使い分けが英語と同じだ。
「君は万引きしてないよね?」「いいえ、やっていません」
こんなふうに使う。

学生時代に岩手南部と北部における方言分布の境界の研究旅行に行ったのだけれど、
この時に収集した事例がとても興味深かった。
「れる、られる」及び可能動詞による可能表現には、
状況的にできない場合の表現と能力的にできない場合の表現がある。
前者はたとえば、「スケジュールが詰まっているので遊べない」。
後者は、「100メートルを5秒で走れない」。
標準語ではこれらの使い分けはなされていないが、
収集事例ではこれを、活用の違いによって使い分けていた。
また、受身と可能を「られる」と「れる」で使い分ける方言もあった。

言語学の定説として、
「寒い地方の言葉は音節がどんどん短くなる」というのがある。
音声学の授業でアイルランド語やノルウェー語を少し見たのだけれど、明らかに短い。
語彙の変遷を見ても短くなっていく経緯がはっきりとわかる。
この現象はもちろん方言にも適用されていて、
たとえば津軽方言などは、極端に短い。
有名なのは、というか俺が知っているのは、
「か、と、く?」(母さん父さんご飯食べる?)
「どさ?」「ゆさ」(「どこいくの?」「お風呂」)
など。
方言の変化、じゃないな、変奏が近いかな?
変奏は、このように、国語学的要因だけでなく、言語学的要因も多分に含まれている。

活用の単純化も、この言語学的要因のひとつ。日本語だけの傾向ではなく、
言語全体の傾向なのだ。すべからく言語は単純化へ向かう。


唐突に話は変わるが、言語は日々変化する。
厳密な意味で「間違った表現」「誤った使い方」は存在しない。
それはただ、変化の途上にあるだけだ。

たとえば万葉時代、日本語の母音は7種類存在した。
万葉人は7種の母音を使い分けていた。

平安時代の会話スピードはとても遅く、
現代のスピードにはとてもついていけないだろう。
また、古語における変格活用が現代の2種類ではなく4種類あったのは、
授業でも習うと思う。「蹴る」だけ下一段活用だったとか、そういうのも(笑)。
言語学的に、動詞の活用は単純化に向かうのだ。
ちなみに、尊敬を示す語彙はどんどん侮蔑語へ変化するのだ。上から下へ。
貴様、御前、しかり。「君」も最近、下がりつつある。次は「あなた」の番か?
貴様なんて戦前はまだ対等くらいの位置だった。50年もあれば変わるのだ。

室町時代、
ハ行の発音は現代のファ行で、
タ行の発音は現代のハ行だった。

明治以降にも大きく変わっている。
副詞句の「とても」は否定形以外には付かなかった。
あの時代に「とてもきれい」などと言ったら奇異な目で見られる。
現代ではすでに定着して、誰も間違った用法だとは感じない。
「全然OK」という用法が最近になって定着したように。


なんか所感というより雑感だな(笑)。
オチもない(笑)。



ところで実家の地方の方言には
「られない」という意味で「らん」というのがあった。
「られぬ→られん→らん」という音韻短化の現象だと思われる。
若い人がよく使っていたので、方言と言っても古くからのものではなく、
新進の用法だったかもしれない。
で、これ、可能動詞にも付くのだ。「らん」になるのだ(笑)。

食べられない→食べらん

これは普通の用法。けれど、

会えない→会えらん
できない→できらん
行けない→行けらん
見えない→見えらん

こんなふうに付く。
ただし「会えん」「できん」「行けん」「見えん」の方が一般的な用法だった。

おそらく使用者は可能動詞を可能動詞として認識していないのだろう。
可能動詞は、用法的消滅に向かっていると思われる。
言葉は残る。が、それは可能の意味を持つ動詞として使用されない。
可能表現と受身表現の変化の影響で
可能動詞の役割が意味をなさなくなってきている。
なので可能動詞+「れる/られる」という用法が使用されていく。
レレレのレにもあるように、あるいはどこかの方言と同様に、
標準語は「可能→れる 受身→られる」という動きに向かっているのだろう。
これまでの文法体系、「5段→れる その他→られる」とは
まったく異なる使用法に変化しつつあると思う。
と同時に動詞の活用の単純化が共鳴して、
現在、雑多な用法が同時存在してるんじゃないだろうか。
たぶん、数十年後には何らかの統一が図られているような気がする。





散文(批評随筆小説等) レレレのレ所感2 Copyright いとう 2004-03-03 20:39:24
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