回遊する少女 (アオウミガメ)
佐野権太

  あなた、アオウミガメの背中を
  匂ったことはあって?



少女は
さして、答えを求めるふうでもなく
空と海の継ぎめを見つめたまま
潮風にふくらんだ髪を
そっと抑える



  耳をあてると
  海の流れる匂いがするわ
  目はつむってなけりゃあ、だめよ

  甲羅の内側には
  深紫ふかむらさきの宇宙が広がっているの
  とても淋しくて、でも
  とても、あたたかい

  ずっと旅をしてきたの
  百年? 二百年?
  ううん、たぶん
  千年とか、二千年とか
  それは、気の遠くなるくらい
  永い年月としつき

  使命なのよ
  だって、誰もいなくなってしまうのは
  とっても哀しいことでしょう?
  そうやって
  幾つもの命を背負って
  壮大な海を、はばたき続けてきたんだわ
  揺らめく蒼と
  滲む白銀を数えながら


  秘めた想いは
  誰にも語ってはならないの
  それが、ただひとつの約束
  だから、穏やかな夜には
  透明な短冊を垂らすわ
  静かに、とても静かに
  ね



少女は
細い肩を膨らませ
羽根のような吐息を漏らす








  あなた、ルリツグミのヒナと
  お昼寝をしたことはあって?


自由詩 回遊する少女 (アオウミガメ) Copyright 佐野権太 2006-08-01 12:51:50
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