むらさきにほふ
佐々宝砂

かつて高貴なひとびとは
憂き世離れた恋に身をやつし
夜空を見上げては月に思い寄せ
浜辺を見やっては海に思い投げ
紫の綺羅 星のごとく

そのころ私のご先祖さまは
きっと真っ黒けに日焼けした海女で
色が黒きはさらしませ
そんなひなびた唄うたいながら
海に飛び込み
紫の綺羅まとうひとびとのために
イボニシガイを採り
アカニシガイを採り
内臓取り出しすりつぶし
そうして綺羅を紫に染めた

かつて高貴なひとびとは
働かなくてもよかったので
紫の綺羅 香炉で焚きしめ
焚きしめ焚きしめ焚きしめ焚きしめ
それでもやはり

そのころ私のご先祖さまは
高貴なおかたが着ると聞く
紫の綺羅 じゃぶじゃぶ洗って
洗って洗って洗って洗って
それでも腐った魚なみになまぐさい
そうして私のご先祖さまは
こんな臭い布要らないなと呟いて
貝殻だけは自分のために
こざっぱりした海女小屋にならべた





初出 蘭の会 2006.7 http://www.os.rim.or.jp/~orchid/


自由詩 むらさきにほふ Copyright 佐々宝砂 2006-07-15 04:39:54
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