まほろばの経験
前田ふむふむ

幾たびも、ひたむきに萌え上がる、
いにしえの稲穂の原景が、
小走りに薫りたって
遠き草創のまほろばの底流は
大和から飛鳥に、涼やかに下ってゆく。

万葉のけむりを煽り、
壬申の衛士の錐立つ空を傾けて、
交わりを試みる、爛熟した往時の伽藍は、
精緻な律令の盛衰に、悉く流れ落ちる。

翻訳された思想の脆弱な掌から、
手に鍬をもつ情熱の親しさが、零れ出でて、
成熟した耕地を、
わたしは、嬉々として踏みしめてみれば、
浮き上がる精悍な風土は、
墳墓にとどまる埴輪の純朴を覗かせている。

東方の空にむかい、雄々しくひかりを浴びるとき、
質素な農夫の衣服を纏った、
神ながらのみちが、白い礼拝に着飾って、
硬き悠久の朝焼けを、
広がる瞑目のなかに飲み込んでいる。

かつて、山々のふところで見た、
老婆が瑞々しい花々を見つめて、合掌をした
直き美しさを、いま、わたしは、痩せた記憶の糸で
手繰り寄せて、引き継ごうとして。

滔々と流れる古代の空は、
わたしの冷めた素姓をいたわり、
いつまでも低く青々と波打ち、
赤ら引く太陽の気高き地平は、
わたしのなかに、遠きはらからの夢を身篭って、
金色の雲を浮かべている。

若々しい記紀の息吹き――

伝承された叙事は、天孫の来歴を寿ぎ、
八百万の神々の巧みに編み上げられて、
先人の風俗を平明にまぶしている。
わたしは、畝傍山の木陰に至りて、
古式和歌を朗々と読めば、
うすく立ちのぼる声は、
土着の大和路に佇む、たくましい神話の言霊を、
開かれた俗界の中庭に、煌き導いてゆく。



自由詩 まほろばの経験 Copyright 前田ふむふむ 2006-07-15 00:12:42縦
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