森の序章——デッサン
前田ふむふむ

深い眼差しを、
赤く朝焼けした巨木におよがして、
動きだすふたりの直きせせらぎが、
ふくよかな森の奥行きを高めて。

始まりは、乾いた無音を燻らせる、
茫々とした朝霧を追い越して、
あさい新緑のつま先から、
あざやかな黄金の中庭を靡かせる。
東の透ける窓から、ひらかれた夢が、
処女を際立たせる薄紅色の言葉を
携えて、鶏々の背中を叩いてゆく。
起き上がる静けさが、せりだして、
霞を落とし去り、ひとつひとつ、
夥しい色彩を染めてゆく。
浮き上がる森から、
わずかにずれる緑色の濃淡の底が、
うすく立ち止まる朝に、清々しい息吹を、
緩やかに立ち上げる。

あなたは、森の呼吸が、はきだしたテラスで、
わたしに微笑み返して、
熱き純真の薫りをこめた、青い夏の印象を、
よわい掌に沈む、中原中也詩集に、
燃えたたせる。

季節が芳しく衣擦れる午前の歩み。

あなたの美しく脱いでゆく多感な時間の針は、
涼しい花篭のなかではえる黄色い百合を
うつむく黒髪に映し込んでいる。

揺れる恋人の声が、爽やかに立ち昇る――、
しなやかな森のみずが、
ひとたびだけ流れる深まりのなかで。


自由詩 森の序章——デッサン Copyright 前田ふむふむ 2006-06-19 00:57:54縦
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