「汚れた足」
服部 剛

小雨の降る夜道を歩いていた。
ガラス張りの美容院の中で
シートに座る客の髪を切る女の 
背中の肌が見える短いTシャツには

「 LOVE 」 

という文字が書かれていた。 


  *


その昔、青年は
「愛」という文字には
うわついた白い翼が生えており、
身軽に宙を羽ばたいているように見えた。 

大人になった青年には、
「愛」という文字をじっと凝視していると
涙の滲んだ瞳には
「愛」の奥に隠れた「あい」という文字が
見えていた。 

「哀」の奥に隠れた「茨の冠をかぶった人」は
両足首を縛る鎖にいかりを結ばれ、
両腕を広げたまま頭を垂れ、
深海の闇へと沈んでゆく 


  *


彼にとって、
足がえ、歩けぬ人に手を差し出すことは、
川のせせらぎが上から下へ流れることであった。

だが、日々を共に生きる「隣の人」を、
そのありのままの姿を両手で受け止めることは、
薔薇ばらの花が切り落とされ、
無数の棘が生えた茎を
我が胸に抱くことであった。 


 闇に浮く 真紅の薔薇は 彼に問う 


 「青年よ、汝の下に置かれた
  人の足を洗うことはできるか」 


闇の中で立ち尽くす青年がうつむく顔の下に 
汚れた足が、無言のまま、置かれている。










自由詩 「汚れた足」 Copyright 服部 剛 2006-06-14 23:40:43
notebook Home 戻る