黒幕は検査技師
あおば

突然、閉所恐怖症ですか、
と聞かれ
慌ててそうじゃありませんと
笑顔を見せる
笑顔を見せたって
MRI撮影室の
空洞の中に居る私の顔は
見えやしない
ただ、
むっつりした顔で答えたら
むっつりした声になり
検査技師の印象を損ねるのではないかと
思ったわけだ、
反射的に答えるのだから
何処まで計算付くかは分からないけど
やはりどこか計算しているのが分かる
それは、些細なことなのに覚えているからなのだ

大きな音がしますけど
20分間身体を動かないでください
動くと撮影をやり直すので
永久に終わらなくなりますから
そのことばに
まさか永久に終わらないなんてことはあるものか
あなたの勤務時間は永久ではないのでしょう
そんな反論が浮かんだが
もちろん言葉にはしない
黙ってうなずく

撮影が開始されると
ものすごい大きな断続音がして
ポンプの回転する音は
心臓の鼓動のように高鳴って
本当に輪切りにされるような
そんな予感すらして
少し怖くなる
本当は、
閉所恐怖症ですという言葉が浮かんだが
まぶたの裏に書き込んで
声にはしなかった
声にしたら
止められて
その後どのような措置がなされるのか
全く不明で
来週の予定もキャンセルすることになるかも知れない
緊急ブザーは渡されているが
押したらえらいことになると思うと
厄介な危険物を渡されたように指先に細心の注意を払う


ダンダンダンと
撮影の音がして
出来損ないの未来社会のような音がして、
永久に続くような気がして、我慢がならない
しかし、少しでも動くと、釈放される時刻が延びる
それが分かっているから、辛いのを我慢する

暗躍する組織の黒幕は小林という若い女性で
よく晴れた
水色のビーチを駆け抜けていくのが見える
捕まえようとしたが
動いてはいけないと命令されているのを思い出し
金縛りにあったように身動きできない
ここでは囚われの身であるのを思い知る

少しうとうととしたようで、
指先に力が入っている
危ない!
慌てて力を緩めると
相変わらず大きな音が続いていて
空洞に反響している
まだ囚われの身だ
黒幕は検査技師なのだろうと思ったら
可笑しくなって
笑いたくなったが
我慢する

もう1時間ぐらい経ったかなと思ったら
ガシャリとドアの重たい音がして
検査終了を告げた
てきぱきと後片付けされて
外に出たら
緊張した顔の次の人が待っていて
忙しそうな笑顔を絶やさない
小林さんの餌食になるのにまだ気がつかない





未詩・独白 黒幕は検査技師 Copyright あおば 2006-06-13 17:20:25
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