Love Boat
恋月 ぴの

真夏の夕陽に染まるさざなみは
あなたの肩越しに遠のいてゆくばかり
深めに倒したナヴィシートで
あなたの好きなラヴバラードに酔いしれて
日焼けしてしまった首筋に心地よくて
小さなため息をひとつだけ
あなたはさっきから黙りこくったまま
無造作に放りこんだサーフウエアからは
海の香りとあなたの臭いがする
やっぱし見られてしまったのかな
昼下がりのちょっとしたアヴァンチュール
(携帯電話の番号を聞かれたけど黙っていたよ
(ほんとうは教えたかったけどね
週末の湘南はやはり混んでいた
ひとときの楽しさは何時でも何かと引き換えで
のろのろ進む車列からは気だるさと
どうしようもなくあきらめてしまった様子が伺える
これもひとつのお祭りなんだろうか
あなたと出かけた縁日の夜
木綿の浴衣に着替えて
人ごみに揉まれながらお参りをして
金魚すくいで遊んで
ビニール袋には小さな金魚が二匹
迷子にならないようあなたの腕を掴んだつもりが
知らないおとこのひとの腕だったりして
なれない鼻緒がとても痛かった
ローからセカンドへシフトチェンジの度に
左手のひらを伏せたまま
おいでおいでをするかのように
白いワンピからのぞく膝頭をかすめてゆく
山側の景色はあまりにも退屈すぎるから
なんだか寝たふりをしたまま
思わせぶりのすそをちょっと乱して
すぐに破けてしまう金魚すくいのポイのように
ひと夏の思い出は掬えそうで掬えなくて
ゆっくりと海側へ泳ぐ右の膝頭を逃すまいと
焼きつくような決意がじかに伝わってきた
「ちょっと疲れちゃった」は恋のマナー
あなたは表情ひとつ変えずに
暗い山道へ左折ウインカーのせわしい点滅
「ねえどこへ行くの」と問えなくて
乗りかかった舟だから黙ってあなたについて行く


自由詩 Love Boat Copyright 恋月 ぴの 2006-06-11 06:30:03縦
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