やまびとの散文詩(四)
前田ふむふむ

やまびとの散文詩 断片12

わたしたち、やまびとが星々を汚した罪が
償われる日が訪れた。それは二百年の歳月を必要とした。
幾世代にわたる長い期間であった為に、
もはや悲願であった。
青い断崖を眺めて、歴史を書いていたやまびとが、
耐えて言えなかった言葉を話した。
∧山に帰ろう∨
わたしたちは、その言葉に溢れる涙を流して同意した。
この塩辛い海猫が舞う土地には、
始めから青い断崖は無く、
海びとたちの絶え間ない監視を受けて生きてきたことを
わたしたちは、誰もが十分に、知っていたのだ。
わたしたちは、偽りの青い断崖の麓の安住を捨てて
赤い砂塵が舞い踊る、約束されていない、
不毛の荒野の果てにある、誰も見たことのない山々に、
旅立つ為の支度を始めた。
すすり泣きとも、喜びともつかぬ声とともに、
何処からとも無く、唄い出した、
わたしたちのやまびとの歌は、
海びとたちがいる港に停泊している
大きな帆をもつ船にも、高らかに響き渡っていった。

やまびとの散文詩 断片13

空が青々と晴れ渡った日に
海びとの男が、恭しく一枚の赦免状の紙を
渡しに来る。このようなこころの無い形式に
何の意味があるのだろう。
海原を見渡す港に泊まる大船に、激しく憤りを覚えるが
眼の前にとまる幼子のような一羽の海猫のたどたどしい
足取りを眺めていると
美しい山々にもいるだろう山鳥のことが頭に浮び、
思わず熱いものが込み上げてくる。


やまびとの散文詩 断片14

わたしたちは、青々とした山々を目指すが
その山々が、何処にあるのかを知る者は、
伝説以外では、誰もいなかった。
わたしたちは、海びとたちに、青き山々の場所を
尋ねても、誰一人として、
教えてくれる者は、いなかった。
しかし、周到な支度をして自由を得たわたしたちは、
眼を輝かせて、躊躇すること無く、
いつ着くかも、知れない苦しい長い行程を
ゆかねばならなかった。
海猫が数羽、人懐っこく追いかけてきたが
大地が塩辛さを失うと同時に、砂塵に撒かれて
儚く息絶えていった。
遥か昔、わたしたちの祖先が来た道を
言い伝え道理に辿ってみるが
明らかに違う道を、わたしたちは勇んで、旅立ったのだ。
けれども、わたしたち誰もが、それを疑うことはしなかった。
俄かに、空が暗い雲で覆われ始めて
強い風とともに、赤い砂塵の中の小石が頻繁に、
わたしたちの頬にあたり、それを懸命に防いでいたが、
その辛い痛みは、ふるさとの山々の母の懐にいる
暖かさを想うと、忽ち、心地よい痛みに変わってゆく。

やまびとの散文詩 断片15

何年もの歳月をかけて、歩き続けたが、ついに伝説の地に
たどり着くことは無かった。食料は尽きて、
多くのものが病に倒れていった。
わたしたちは、すでに誰もが、
薄々といや、明らかに感じ始めていたのだ。
この辛い行程の後には、伝説の山々が無いことを――。
だが、喜びは、突然訪れた。
風が何故か、軟らかい薫りを漂わせ始めた頃、
わたしたちの列の先頭で歓声が上がった。
わたしたち全員が、いっせいに前方に眼をやると、
赤茶けた荒涼とした大地の遥か向うに
青々とした森に被われた山々の高みが、なだらかな曲線を
描いて、煌々と輝く太陽のひかりを受けて、
広がっていたのだ。
わたしたちの胸は高鳴り、唇を震わせて叫んだ。
∧ふるさとだ∨
わたしたちの言い知れぬ喜びの涙は、止まる事無く、
溢れ続けて、枯れた大地の上に流れ落ちていく。
ひとりの少年が縦笛を取り出して、ふるさとの歌を
奏でると、穏やかな旋律は、
山並み深くまで鳴り渡っていった。


自由詩 やまびとの散文詩(四) Copyright 前田ふむふむ 2006-06-09 06:35:34
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