遺灰
前田ふむふむ

海の窓に一面咲き誇る、
世代の階段を降ろしているひかりの樹木が、
紺碧の空の濃度のなかを降りそそぐ。
ひかりは、やがて、平坦に引きわけた、
一般という名の岸のなかに、染まってゆき、
見えない声の散らばる個性たちと戯れて、
わたしを強い草の高まりから壊し続けている。

経度を上げる航海――失われたものを辿る、
たぎる海風を飲み干して。

あさく勇み立つ、呼びかける遠い名前――
浮かび上がる、すすり泣く記憶。
想い出は、切り落とされて、
顔の無い液状の砂塵のように果実を閉じている。

答える暗い声――。
霞みを湛える視界の勾配から、
屈折する日常が滑り出す瞬間に、
別の色彩を放っている、わたしの
水のように流れる掲示板は
書かれたものの上に、次々と書き足されてゆく。
重なり、埋め尽くされてゆくものは、
比喩をなして、芳醇な意味を変えていくのだ。

わたしは、か細い声を上げて、
失われてゆく少年のような時間の匂いの、
朝の意匠を味わい、
世界が漆黒にしたページの上の思想に、
赤い×の目印をつけてペンを沈めても、
あなたの渺とした季節は、何処までも変転して、
つかむ袖さえ、持ち合わせていない。

上目ずかいに見るあなたのいのちが、
逃げてゆく海原のなかで、ざわめいている。
わたしは、水底で燃え盛る骨壷の光沢を
湧き上がる空に鮮やかに散らしている。

あなたが愛した海の透明な煌めきで
ほどいた遺灰を、手に取り上げて、
わたしの荒野に咲く、枯れている水仙の花に注いでみれば、
閉じられているあなたの無音の楽章の音階が
満ちるように、孤独な船上の甲板に押し寄せて
やがて、立ち上がる新月の潤沢な皮膚を
切り裂いてゆくだろう。

わたしは、あなたと過ごした豊穣な歳月を
海原に塗した遺灰のやわらかい重さで、
優しく推し量りながら――。

落葉のように降り注ぐあなたの足跡が、
号哭の雨を浴びて――、
さざめく波を掻き集めて、
追憶の海原に舞っていく。





自由詩 遺灰 Copyright 前田ふむふむ 2006-05-29 10:53:01
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