狂人はひそかに旅をする 
七尾きよし

ある日妹が分裂病を発病して
ぼく自身のやまいは存在してはいけないこととなった

いつからだろう
この奇妙な感覚がはじまったのは
ぼくにとって精神活動は実体をともなうものだ
じっと座ったまま
ぼくは旅をする
空気とおしゃべりすることから旅ははじまる
いつごろからか空気にはいろんな種類のものがあって
時間によって場所によって
彼女たちはちがう言葉を話すということに
気がついた
鬱ぽい空気がどよどよしてたら
ぼくは深く呼吸してから
勢いよく吐く息でお話する
元気だしなよ
とかいうような人間の言葉は
必要なくて
吸い込む空気を感じて
口から飛び出していく空気をのどで撫でることで
言葉でない言葉となって息が流れてく
そんなこんなで
からだから抜け出したぼくのたましいは
空高く舞い上がって
どこへだろうと飛んでゆけるのだ
そういう意味では
いつの間にかぼくはどこでもドアを手に入れたことになる

離人症という病気がある
肌が白くて美しい女性の患者が多いらしい
外の世界が映画のように流れだし
自分だけがいつまでたっても
傍観者で
たった一人の観客スクリーンをながめてる
ぼくはぼくの映画の主人公
登場人物はほかにいたりいなかったりする
旅する主人公はいつも人から人へ
社会から社会へと旅をする
安住の地という言葉は存在しない
出会いは別れを意味すると
自然とぼくの辞書には記されていて
愛することにいつまでたっても慣れない
そうじゃなくてぼくにとっての愛は
他人にしてみれば愛ではないのだろう
話はもどって
ふわふわと空飛ぶような
眠そうな顔したぼくは離人症
病気というよりぼくの個性なのだろう
こころが苦しくなったのは3歳のころから
きっと医者は病と呼ぶんだろうけれど
妹が分裂病になって
とてもじゃないが診察に行く気分にはなれない
狂人は理解されることよりも
狂人のままぶらりと生きることを望む
たましいの乾きをうるおすことを
生きることとぼくは言う


自由詩 狂人はひそかに旅をする  Copyright 七尾きよし 2006-05-28 05:09:19
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