E minor 7th(きざし)
恋月 ぴの

にわか雨は窓ガラスを叩く激しさで
海辺の汐臭さをわたしの部屋まで連れて来た
波音のひたひた寄せるテーブルで
いつか拾った貝殻の擦れる音色がする
ハンガーにかけたわたしの白いブラウス
温もりのかたちを映したまま
雨上がりの赤く染まった夕暮れを見つめ
パフスリーブの傾斜に沿って
したたり落ちる
柔らかいものにくちびるを濡らす
一度でも袖を通したブラウスは
胸元の息づかいを忘れたりはしない
いつか拾った貝殻にも似た
ブラウスの華奢なボタン
背後から迫る夕暮れをじらしたくて
思わせぶりにひとつひとつ留めてみた
透き通るブラウスのしたに
黒いキャミソールを着けるのは
わたしのかたちを見失いたくないから
ぬくもりも息づかいも
いずれ海辺の汐臭さに犯されてしまう
ひとり暮らしという不確かなものにえがいた
わたしのかたち
今を生きているわたしのかたち
気がつけば
あの朝の快速電車の車内で
すれ違ったおとこのひとのかたちを
記憶の指先で辿りながら懐かしんでいた
いつか拾った貝殻のように
わたしのかたちと重ね合わせてみれば
ふたり擦れ合う音色がして
恋愛とは違うことば以前の感情に
思いを巡らせているわたし自身に揺れる


自由詩 E minor 7th(きざし) Copyright 恋月 ぴの 2006-05-27 06:29:53縦
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