Blue Note(斜光線)
恋月 ぴの

今朝卸したばかりのお洒落なパンプス
爽やかな淡い色合いのパンプス
新人さんと間違えられたくない思いで
ヒールをちょっと高めにしてみた
でもつま先はさっきからストッキング越しに
どこか逃げ道を探し始めている
つり革越しに眺める週末の天気も上の空
閉じ込められない鋭い痛みが
つま先とふくらはぎの間を
行ったり来たりしはじめたりして
思わずつり革を握る掌に力を込めてしまう
流れる車窓はいつもの景色
快速で無ければ座れたのかも知れない
組んだ足を控えめに誘う
見つめられている意識の中で
スカートの裾を気にする振りをして
ちょっとおとなのおんなを気取ってみたりして
見開いたページに目を落とす自分に酔う
週末の天気が晴れ時々曇りなら
晴れているうちに陰干しでもしよう
季節の変わり目に脱ぎ捨てた
しがらみだとか忘れてたくとも忘れられない
記憶の断片とも言うべきものたちを
週明けにも訪れるだろう熱波の季節に備え
何処かに仕舞わねばならない
長く深い呼吸が出来る程の適度な空間と
永い眠りを妨げぬ暗い静けさのなかで
それらは落ち葉の舞い散る夢に眠る
やがて快速電車はターミナル駅に到着した
乗り降りするひとの流れに気を取られていると
突然、目の前におとこのひとが立ちふさがっては
まるで白昼夢から覚めたかのように視界が開け
つま先の痛みが我先に空いた席へと導いた
隣のひとに気付かれぬよう安堵のため息をつく
生きている証ともいえる獣の生暖かさを
わたしに無理やり押し付けたりして
忙しそうな仕草で降り立ったおとこのひと
離れているときには決して感じ得ることの無かった
危うさを感じる獣の匂いにむせ返りながらも
誰かに何かを委ねたい思いに駆られ
わたし自身を生暖かさのかたちに添えてみる



自由詩 Blue Note(斜光線) Copyright 恋月 ぴの 2006-05-23 07:37:20縦
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