訃報のみずうみ
前田ふむふむ

泥水のような灰色の空が、
切り立つ垂直の地平を蔽い、点から線へ変貌する驟雨は、
藍色の抽象画の顔を育てている。
列車の窓に映る凡庸な景色は、引き摺るように、
後ろ向きに、失われた過去を走ってゆく。
次々と洪水のように訪れる、忘れさられる目次の紙切れの
一片一片は、わたしの空洞の心臓を
鮮やかな虚無で埋め尽くしているのだ。
窓は硬直して、わたしを囲い込み、
騒音の音階の壁になり、鋭い剃刀のように切断されている。
向こう側では、街が煌々と燃えている。
いつ終わるともわからない、砕かれ続ける冷たい炎の群。
赤く染まったまま佇んでいる。――
見せているのは影。触れることの無い瞳孔の夢の跡に
手を出せば、灰になって朽ち果てるだろう。

列車の前方は、捻じれながら、白い閃光を発しており、
暗い現実の座席が折り重なって、
速度のなかに、飲み込まれている。
その速度の破れ、弾ける先端の幻野に、
きのう、わたしに届いた訃報のみずうみが、
寒々と、また、目まぐるしい熱気を帯びて、
わたしを待っている。

わたしは、溢れるほど込み上げる慟哭の皮を、
剥き続けて、剥がれた透明な雫を、
かすれゆく網膜のなかで
滲みだしている、白い杆状体の、
選ばれた一点に集約してみても、
あまりにも、遥か遠い、この列車の旅は、
あなたの言葉を叶えなかった、
わたしの果てしない言い訳の荷物を抱えて、
何処まで、続いてゆくのだろう。

わたしは、喪服を着た列車が、彼の地に辿り着いた時、
わたしの肉体が、霞のように貧しく、
ぬかるんだ乱反射する漆黒を歩きながら、
あなたとの語り尽くせない思い出と、
最後の――、そして始めて出会う記憶だけのあなたと
かなしい対面を果たすのだ。







自由詩 訃報のみずうみ Copyright 前田ふむふむ 2006-05-22 22:02:29
notebook Home 戻る  過去 未来