街頭へ
前田ふむふむ

千の書物に埋もれたみずたまりが閃光している。
赤ぶどう酒のかおりが溢れるほど、注がれている、
豊穣なページの眼差しは、街路樹の空虚な、
灰色の輪郭を、水色の気泡の空に浮き上がらせてゆく。
その空の内壁を沿って、暗闇の底に広がる階段を、
登りつめる外界に導く断面には、液状の安らぎが、
音をたてて回転している。

パタパタ、パタパタ、
洗濯物がそよぐ窓辺に、
やわらかい女性の白い腕が凭れて、
見え隠れしているスカートの、赤い曲線を、
あたたかく流れる白い朝のためいきが飲み干してゆく。

溶けてゆく風景。
瞳孔の乳房に広がる光線の黒い輝き。
ひかりがざわめいている。

わたしは、ひかりの瞼の裏から、
ゆっくりと起き上がり、
五月の青い寝台を乾いた胸のなかに畳み込み、
直角に軋んでいる地平線に、
わたしの痙攣している意識の塩水を、
ゆっくりと溶かし込む。

長い間、暗い地下室の書物に埋もれてきた経験は、
積み重ねられた残骸として、
千の錆びた尖塔の荒野に、晒されていくだろうか。
西の黄昏ゆく時代の夕暮れを見るがいい。
風が吹き込む出口には、
芳醇な金色の旗が棚引いている。

わたしは、街頭の赤い息吹を、
くちびるに押し当てて、ひとり茫漠とした、
肉体から醸し出す、
煌々とした喜悦をすすってみる。

そこには、たくましいいのちが脈々と息づいている。

わたしは、こころに青々と隆起した空を、
囲い込み、初夏の色を帯びる朝の瞬きを、
しっかり掴み取ってみる。
勇み沸騰する街頭へ出よう―― 
そして、滴り落ちる艶やかな英知の裾野を、
しっかりと抱きしめるのだ。





自由詩 街頭へ Copyright 前田ふむふむ 2006-05-17 05:59:33縦
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