記憶—失われた季節の中で
前田ふむふむ

閃光を浴びる波打つ腕を貫く
静脈の彼方から、疲弊した虹彩がため息を吐く。
朦朧とした街は、たえず銑鉄を溶かして
都会の人々の苦悩の鋳型を作り続けている。
すべての窓には、水がなみなみと注がれていて
季節の裾野を支える、旱魃で熱せられた太陽を
冷ましてゆく。

わたしは、祖父が語った草莽の祈りが、
青い空と共鳴していた気高い夏の記憶を
雲雀の囁きのなかで、
ひとつひとつ選別をしている。
それは、見つめ続ける届かない声。
水底を走る粉雪のざわめき。
失われた青年はいまも目覚めていない。
しかし、時は、埋もれてゆく磨かれた墓碑の
刻まれた文字のなかで
溢れる赤々とした沈黙を絶叫している。

私は、咲き誇る菜の花畑のなかを、
零れ落ちる涙を手で受け止めても、
断片が切り貼りされて積み上げられた古い台本は、
薄れゆく過去のみずうみで、
三文芝居を演じてゆくだけだ。

あなたは、いまも、目覚めていない。
わたしは、いまも、目覚めていない。

しかし、わたしは、あなたと透明な白い浜辺で、
語り合える静寂の時間の織物が、
衣擦れの音を立てて、地上に浮かび上がる、その時を、
朝焼けの枕元で、いつまでも待ち望むだろう。
たとえ、帰るべき春が無名の神話の夜を
歩き続けたとしても。
ゆくべき秋が、都会のふところで、
たとえ、朽ち果てたとしても。



自由詩 記憶—失われた季節の中で Copyright 前田ふむふむ 2006-05-03 06:16:25
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