海—春の中で
前田ふむふむ

絶叫する空
描かれている発光する夕暮れの子宮の瞬き。
手を振る少女は、
鮮血の銀河を潤すために海で水浴をする。
薄紅色の尾びれが、激しく水面を叩いて、
青いページは、下半身から、少しずつ、
霧雨の華やいだ庭園を書き足してゆく。

かつて隠されていた乳房を、
はじめて見た季節の純朴な熱狂は、
控えめに眼差しを落として、
海辺の砂を滑らかに撫ぜようとしている。
眼の前を鮮やかに嘔吐した冬は、世界を見捨てたために、
墨のような淀んだ湿り気が、生ぬるい曲線を想起させて、
水平線の谷間に呑まれてゆく。

見るがいい。
夥しい春のにおいが、わたしの視覚を麻痺させて、
海鳥がたえず生まれでてくる河口と、
海岸線が睦みあうところから、
浮かび上がる金色の揺り篭を、ひかりだけの、
時間を燃え上がらせた、
空間を切り裂いた、
純白の闇の空に沈めている。

聞くがいい。
燃えだした春の冠が、
盲目のくちびるをパレットに絵具を敷き詰めた、
複雑な音色の言葉の花束で飾り立ててゆく。
耳を澄ませば、微細に、
繰り返し続けられる音響の糸たちの舞踏。
わたしが、両手を差し出すと、
溶けはじめる透明な一枚の楽譜が、
海の変転する波紋と抱擁する。

わたしは、限りなく憧憬する青い肉体の指先を、
包み込むひかりの螺旋階段を昇りながら、
ゆっくりと、爽やかな海風に身を任せて、
白い帽子をかぶった少女が一人戯れる、
少年の日の海を描いている。



自由詩 海—春の中で Copyright 前田ふむふむ 2006-04-23 06:09:15
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