異形の詩歴書 高校編その2
佐々宝砂

 私が通った田舎の女子高は、昔はそれなりに名門の高等女学校だったらしい。しかし私が通ったころは、もうそんな過去の栄光など地に墜ちていた。そのころはまだ援助交際という言葉がなかったけれど、そんなことしてる同窓生も少なくはなく、新聞種になったヤツすらいた。学校のレベルがたいそう低いというわけではなかったものの、高校に入ったとたん安心して勉強するのをやめちゃってお洒落に専念するような女の子が多い学校だった。そんな中で私は、驚いたことに「優等生」として扱われるようになっていた。もっともそれは、自分の成績よりランクの低い高校に入ったので当たり前、要するに牛後でなく鶏口になっただけのことだ。

 「優等生」になったものの、私は勉強なんかしなかった。もっとも、お洒落に専念もしなかった。口紅一本買う金があったら文庫本を買う。化粧品なんかもったいなくって買えるか。というのは表向きな話で、化粧をしなかったのは単にめんどくさかったからである。しかしそのわりには、セーラー服の上着の裾を自分でちくちく縫って丈を短くし、黒いプリーツスカートはずるずると長くした。私はタバコを覚えて、隠れて吸うようになっていた。これで髪を伸ばして金髪にして化粧を濃くしたら、郷土博物館に保存しておきたいくらいの古典的ヤンキーである(笑)。しかし私はレディースに入る気はなかったし、高校デビューする気もなく、化粧気はないわ髪はあくまでショートカットだわで、ヤンキーには見えなかった(と思う)。単に上着は短くスカートは長くしておきたかっただけなんである。長いスカートは不便で、自転車に乗るとバサバサ風にはためいてうっとうしかった。よく裾を踏んづけてコケた。バスの自動ドアにスカートをはさんで破ったこともあった。なのになぜスカートを長くしたかと訊かれても困るが、まあ要するにそんなものが流行っている時代だったのだ。

 今思えば、高校入学当初の私にはロールモデルがなかったと思う。ああなりたいという憧れの対象がなかった。なりたいものがなかった。美人を見てもああ綺麗と思うだけだったし、カワイイ子を見てもああカワイイでおしまい。有名人を見ても特に何も感想はなし。好きな男がいりゃあそれでもその男の好みに合わせようとしたかもしれないが、そんな相手もいなかった。意外に思われるかもしれないが、私は、本の中に自分の憧れを見つけることもできなかった。こんな恋がしたいと思わせてくれる本もどこにもなかった。そもそも恋なんてめんどくさい気がして、したくなかった。ところがどっこい、高一の春、私にも一応のロールモデルがあらわれたのである。

 それはなんと高校の国語教師だった。この学校嫌いの、教師嫌いの私が、教師に憧れる? なんてこったと当時でさえ思った(今もそう思う)。彼女はお世辞にも美人ではなく、優しくもなく、つんけんとした30代の独身女性で、生徒から怖れられている厳しい冷徹な人だった。全体的に造作の小さな小作りな顔に、ちんまりした鼻とどこか柴犬に似た目があった。彼女はまた、お洒落でもなかった。素っ気ないショートヘアで、飾り気のないシンプルな服を着ていた。彼女には大人の女らしい色香もなかった。凹凸の少ないやや中性的なスタイルをしていた。けれど立ち居振る舞いがとても美しかった。……いや、美しかったと書くのは間違っているかもしれない。私の記憶は美化されすぎているだろう。でも彼女は、いつ見ても背筋をしゃんと伸ばしていた。それだけは確かだった。私はその背筋に憧れたのかもしれなかった。

 一部の生徒は、この女教師をとことん嫌った。卒業してから聞いた話だけれど、この教師の授業は、高校にしては難しすぎ特殊すぎるということで、一部教師からも顰蹙を買っていたらしい。しかし、私にはとてつもなく面白い授業だった。国語の授業で全く知らないことを知ったり、考えもしなかったような思考法に気づかされたりするなんて、そんなことがあるとは思いもよらなかった。それまでの私にとって、国語の授業は、バカバカしさの極みみたいなもんだった。国語のテストも、漢字テストと小論文以外は無意味だと感じていた。だけど、教授方法によっては、高校の国語の授業だって存分にエキサイティングになるのだと、私は彼女の授業ではじめて知った。

 私は、彼女の授業に示唆されて、少しずつ少しずつ、評論のマネゴトを日記帳に書くようになっていった。教科書に載らない文学を、教科書にある方法で読み解く。教科書にある文学を、教科書にない方法で(悪意たっぷりに)読み解く。慣れてくればそれはものすごく面白いお遊びで、私は、どこに発表するあてもない文章を夢中になって書いて徹夜した。しかし私の知識は相変わらず偏っていて、小林秀雄のコの字も知らなかったし、知っていても自分に関係あるなんて思わなかっただろう。

 そのころの私は、自分の書いているものがなんなのか知らなかった。


2002.12 .(初出 Poenique/シナプス)


散文(批評随筆小説等) 異形の詩歴書 高校編その2 Copyright 佐々宝砂 2006-04-18 08:20:51
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