Another World(もうひとつの世界へ)
恋月 ぴの

時には詐欺師が人を欺くように
わたしはあなたを欺きたい
飲めぬ程に苦い毒薬であっても
この世に喩えようも無い甘美さを
死を迎える程耐え難い苦痛であっても
五臓六腑に熱い何かが駆け巡り


ああ そこのあなた
わたしに欺かれるなんて幸せ者よ
男冥利に尽きるわね


ブルータスよお前もか…なんて言わないで
サロメかお前は…なんて言わないで


わたし は わたし
尼寺へなんて行かないわ


詐欺師って嘘を付こうなんて思っていない
彼にはもうひとりの彼がいて
もうひとつの世界の真実を語る
だから人は彼の言葉を信じて涙して
自ら進んで身を投げ出し
持てる物総てを差し出すのよ
判るかしら 総ては真実 真実が総て
寄せては返すバルトの涙が塩辛いように
あなたの流す額の汗も塩辛く
その醜い鼻は泥炭に塗れている
そうよ真実にのみ愛が在り
そして愛するが故に真実は存在している
だからこそ人は真実の為に我が身を滅ぼす


ねえ わたしに欺かれる気分は
いかがなものかしら


そろそろ身体が痺れてきて
そろそろ朦朧としてきて
見えてくるでしょ
あなたの望んだ もうひとつの世界
あと少しで辿り着く もうひとつの世界


飽くことを知らぬ潮騒に総ての言葉は掻き消され
バルトの涙に重く立ち込めた暗雲より
一筋の光明 もうひとつの世界へ


自由詩 Another World(もうひとつの世界へ) Copyright 恋月 ぴの 2006-04-14 06:29:15
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