薔薇と らっきょう
千月 話子


「お土産は、何がいい?」と
聞かれたものですから
私、何とはなしに
「らっきょう」と答えたの


お父様とお母様が夕食後に奏でる
小気味良い音が好きなのです
ぽり ぽり ぽりり


あなたは、三日後に
丸い透明な器に入った
甘酢に踊る らっきょうを
三箱ほど買ってきて
和紙の手提げに入れて下さった


「一日四粒 お食べね。」
それは、魔法のように染みていきます
私の 白い体に
持ち運び 揺れるころころが
お食べね。お食べね。と
オウム返しのように 更に染みていきます
私の 小さな細胞にまで


翌朝には 真新しい
薄桃色の小花をあしらった小皿を
やわ布から取り出し
らっきょうを四粒 そこに載せました


ここは 古い家ですので
陽光が斜めに射す 風の良い縁側で
この可愛い食べ物を戴きましょうか


春の日の蕾をつけた花々が
らっきょうを噛む度に
ゆらゆら 揺れているようです


私は 下ろしたばかりの
白いワンピースを汚さないように
上手に朱塗りの箸で摘んでは
ゆっくりと噛んで ゆっくりと噛んで


あまりに早いリズムで食べてしまうと
春風が素早くやって来て
未熟な花茎を手折って行きそうで
また ゆっくりと噛んで ゆっくりと 


ああ、、水琴窟でも鳴らしましょうか
このように 良く晴れた日には
地下で伏せた かめの周りも乾燥して
竹炭をそっと打ち鳴らしたような深い共鳴が
少し溜めた水から浮かび上がってくるのでしょう


傍らに置いた手水鉢の水を手ですくい
丸く小石を敷き詰めた
真ん中に そっと流しては
雫の落ちると同時に鳴る
不思議な音を楽しんで
清しい朝は 過ぎて行きます


らっきょうは 私の体の中で
花を育てるように 浸透して行きます


一昨日の私 昨日の私 今日の私
まるで薔薇の花が開くように
ふわりと暖かくなる体
その頬は 素晴らしい薔薇色です




「お土産は、何がいい?」と
聞かれたものですから
私 何とはなしに
「黒胡麻。」と答えたの
あなたは 私の血色の良い頬を見て
「それもいいね。」と答えたの





自由詩 薔薇と らっきょう Copyright 千月 話子 2006-04-12 23:43:50縦
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