花笑み
落合朱美
花曇りの空に舞う胡蝶の
その透きとおった翅を
欲しいと思う
やわらかく笑う
ということを覚えたのは
いつの頃だったろう
新しいピンヒールが
足に馴染まなくて
アスファルトの階段を
降りるたびに脚が震える
支えになるものが何もないことに
気づかないふりをして
凛としていようと思う
やわらかく笑う
ということを教えてくれたのは
年上の女友達だった
「思うがままに在ればいいのよ」
と、ビオラの音色のような声で
穏やかに笑ったその人は
ある日ぷつりと弦が切れて
それからの彼女を私は知らない
戯れつかれた胡蝶の漏らす
瞬きほどの吐息にさえも
胸がはりさけそうに痛むのに
まだ笑おうとしている
華やかに
艶やかに
まだ笑おうとしている