喪失—失われるとき
前田ふむふむ

見送るものは、誰もいない。
錆びれゆく確かな場所を示す
冬景色の世界地図を
燃やしている過去たちが、東の彼方から孤独に手を振る。
知らぬ振りをする眼は、遥か反対を伺って、
不毛な距離をあらわさない、すすり泣く静寂のさざなみが
過ぎてゆく春の揺らぎの中を
硬直する真昼の荒野で瞬いてゆく。

むかえるものは、誰もいない。
絶え間なく律動する、縮まりゆく、そして絶えてゆき
砂粒へと綻びる、帰りのない飾り立てた一本の直線の道を
過ぎて行く人々のざわめきで塗された気配と
白い木の葉が落ちる透明な街路樹に差す光線との
空隙の中を、止め処なく走り抜ける暗闇の青さが
冷徹に切り裂いてゆく。

わたしが、決して語ることの無い、
この失ってゆく砂漠のような時間の中を、
語り続けている、繋いでいる、そして繋がっている。
汚水と蒸留水の混沌で満ち溢れた思惟の海の岬のふところで、
折れた翼を精一杯に張って、飛び立つ海鳥たちの
鮮烈な讃歌が聴こえる。

あの霞みゆく緑の月を打ち落とせ
あの溶け出した黒い太陽を打ち落とせ

金切り声を上げたばかりの海鳥が
見えない時間の中を、朦朧としながら、
喪失した痛みを数えて直立しているわたしの背中を
無造作に撫ぜてゆく。
ああ、わたしはひとりで、吹き荒ぶ断崖で、
孤独に佇んでいたという現実が、鋭い尖塔のように、
青々とした空に突き刺さっている。
わたしは溢れ出す灰色の海で号哭することだけが
許されている曳航される廃船の姿を晒して
今、世界が悲しく死にゆくような夜を歩いている。



自由詩 喪失—失われるとき Copyright 前田ふむふむ 2006-04-12 19:12:50縦
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