記憶の物語
アンテ


                           (喪失の物語)


毎日の記憶が体積して
棚や机の引き出しや流しの下など
部屋じゅうに溢れて暮らしにくくなったので
彼女は思い立って
整理して不要なものを処分することにした
記憶を洗いざらい床にぶちまけて
朝から晩まで黙々と仕分けを進めるうち
共通の出来事や場所ごとに記憶の山がいくつもできあがり
仕分けに夢中のあまりぶつかった拍子に
山のひとつを崩してしまった
痛いなあ気をつけてよ と声がして
崩れた記憶はいつの間にか少年に変わっていて
激しく彼女に食ってかかり
彼女が途方に暮れていると
少年は部屋のドアを蹴破って出ていってしまった
気を取りなおして整理をつづけ
記憶の山が更にいくつも出来あがったが
注意しているつもりが時々うっかり山を崩してしまって
そのたび記憶は老人や幼児などに姿を変えて
みな彼女に悪態をついて外へ出ていった
そうこうするうち
記憶はすっかり減って
後にはうまく分類できない断片ばかりが残った
それらをかき集めて山を崩してみると
気味の悪い動物になって
床を這って彼女にすり寄った
こんなものでも自分の記憶だと思うと哀れで
部屋で飼うことにしたところ
動物は毎日の新しい記憶をすべて食いあさり
成長して彼女そっくりになった
さすがに怖くなって
偽物の動物を追い出そうとすると
偽物は彼女を強く抱きしめ
二人の身体はぴったり密着して離れなくなった
身動きができないまま時間がたつうち
自分が本物か偽物か判らなくなって
気持ちがぐらぐらと揺れ動き
気がつくと二人はその場に倒れていた
一人がやれやれとため息をついて
部屋を出ていったので
もう一人が慌てて窓に駆け寄ると
うつむいて通りを行き交う人々のなかを
彼女だけが胸を張って歩き回り
記憶の少女や老人や友達を見つけだしては
頭に拳を叩きつけた
すると彼らはもとの記憶の欠片にもどり
風にあおられて跡形もなくなった
記憶から産まれた人たちがすっかり姿を消したあとには
彼女もどこにも見あたらず
風がひとしきり吹き抜けると
通りはもとの静けさを取りもどした
もう一人の彼女は窓を閉ざして
部屋を見渡した
そこは自分の身体の一部のようにも
見知らぬ他人の居場所のようにも思えた
彼女は大きく深呼吸をして
拳を握りしめて
自分の頭のてっぺんを強く叩いた






自由詩 記憶の物語 Copyright アンテ 2006-04-01 22:15:31
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