やまびとの散文詩(二)
前田ふむふむ

やまびとの散文詩―断片4

緑色の太陽が沈まない夜が、軋み、傾き、唸りを上げて
動揺する、わたしたちの長い旅は続いた。
黄金を隠し持つ禿鷲が棲む不毛の大地は、ときに、わざわざと
道を次々と造りだして、わたしたちを歓迎したが、
それは、その場を早く通らせるためであり、
かかわり合いを避けるために、
仕組まれていたことは、悲しいほど十分にわかっていた。
朦朧と煙が立ち込める、
登ることのできない峻険な青い断崖を前にして、
わたしたちは歩みを止めて、住み着くことに決めた。
それは、仮の居住であり、少なくとも、
最初はそのつもりであった。
わたしたちは、青い断崖の麓の歴史を書き始めたが、
次第に書物は厚みを増していった。
そして、見たことが無い、
東の空を飛ぶ虚飾に満ちた金粉を振りまく、
鋭利な呪文が書かれた紙幣らしきものが、見え隠れして、
わたしたちを牽制して、また、何処からともなく、
安堵したような笑い声が聞こえるのを、知るに及んで、
わたしたちは、時とともに、この青い断崖の麓に住むことが
始めから決められており、他に選択がありえなかったことを、
少しずつ感じ取ることが出来たのだ。

やまびとの散文詩―断片5

わたしたちは、この幸せの上に聳え立つ青い断崖を見上げて
細い腕を震わせたが、時より発光している灰色の西の空を覆う、
夥しい古代の象形文字の断片が、繰り広げる死の舞踏に、
霞がかった砂塵が吹き上げ続けると、
時の到来とばかりに、いっせいに飛び上がる海猫が、
銀色をした艶やかなものを
咥えてゆくことを不思議とばかりに、
誰もが食い入るように見ていたが
みるみるうちに、わたしたちの瞳は、
山野を飾る野いちごの果実に、蔽い尽くされてゆくのである。

やまびとの散文詩―断片6

わたしたちは、年老いたやまびとが、ふるさとの母の涙がしまってある
青い鏡の中を、幼子のまなざしで眺めている荒野を
薄い背中に感じながら、あずかり知らぬ思いが込み上げてきて
海猫が舞っていた青い断崖に、怒りの石を投げるが、
石は途中で、物言わぬ鳩になって頼りなく飛び去ってゆく。
∧母さん、わたしたちはあなたを思うとき∨
∧眩いひかりを失うのです。∨

やまびとの散文詩―断片7

わたしたちは、生温かい血を流したような夕陽を
ばら撒いてある十二本の鉄柱が立つ三角の広場に
佇むが、人の声が何処からも聞こえてこない。
しかし、わたしたちが住んでいる青い断崖の麓に
三角の広場があったのはいつのことだっただろうか。
わたしたちは、古い化石になりかけている
年老いたやまびとさえも、
誰も実際に見たことの無い夢のようなふるさとを
今日も、渇いた瞳の中で描いているが
塩辛い季節の戯れに酔いしれた叩きつける驟雨が
一瞬で、わたしたちの薄幸な恋人を打ち消してゆく。

やまびとの散文詩―断片8

わたしたちは、青い断崖の麓で、過去びとが創った祈りの言葉を
あげるが、それを遮るかのように、海猫がわけもなく、
飛び交い続けている。わたしたちは、山羊の首を頭にかけて
古式衣装で着飾って、亡霊のように、前方を見やれば、
数本の帆柱をもつ大船が三隻、港の岸壁に繋がれていて、
遥か海原が広がっていた。わたしたちは、限りなくこぼれ落ちる
涙を拾いあつめて、春の花咲く山の夢の思い出を語り続け、
海原に寒々とした背中を曝して、ひたすら煙で霞む、
荒涼とした山谷をながめれば、忽ち、強い風が吹いてきて
大地は赤い砂塵の廃墟に変貌してゆく。



自由詩 やまびとの散文詩(二) Copyright 前田ふむふむ 2006-03-22 00:33:56
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