可愛らしい胃薬が僕を手招くから
時雨
付き合って一周年だからケーキを焼くとキミが張り切ったとき、
嫌な予感はしたものの、僕は何も言えなかったんだ。
おいしそうな香りがしてるでしょう?と、キミが家に僕を招いてくれたとき、
明らかに焦げたにおいしかしなかったんだ、ほんとは。
僕は何も言えなかったけど。
チョコレートをデコレーションされたケーキはおいしそうだったけど、
台所で乱雑に切られた無惨な野菜をみて全てを察していたんだ。
僕は何も言えなかったけど。
さぁ、食べて。と差し出されたケーキは見事なホールケーキで、
コレ全部?と目でアイコンタクトしたけどキミはただ微笑むだけだった。
どうやら伝わらなかったみたいだ。
フォークで一口サイズに切ると、中から緑色の物体が出てきた。
コレ何?とフォークを見せたけどキミは悪戯っ子のように隠し味、と答えた。
どうやら毒ではなかったみたいだ。
食べた瞬間。
僕はキミに何も言わなかった事を後悔した。
それでも、僕はいつのまにかもう一口分のケーキをフォークに乗せていた。
別に、何も言えなかった自分が悪いなんて思ったわけじゃない。
別に、食べる僕を嬉しそうに見つめるキミが可愛いと思ったわけじゃない。
悪いけど、このケーキをおいしいと思ったわけじゃない。
そう、僕が座るこの席からちょうどキミの家にある食器棚の中の胃薬が見える。
あの子が僕を誘惑するんだ、何があっても私にまかせてって。
そして、僕はまたフォークを口に運ぶ。
可愛らしい胃薬が僕を手招くから
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僕の言い訳