氷の瞳
まほし
?
おやすみなさい
の 一歩手前で
あなたが瞼に口づけするたび
生まれて初めて目にした光
を思い出しました
ツキン、と 氷の欠片が飛び散って
あなたが狩人の鋭さでもって
わたしの睫毛に彫刻刀を突き付けて
凍える身体に切なるものを吹き込もうとしているのが
産声のように見えました
わたしは、そう
あなたに作られた氷の人形、でした
おやすみなさい
は 刹那で
日溜まりをたたえた
薄氷のようなもので
足を踏み入れて進もうとしても
二人の眠りは一つの海に沈めない
と知っていたのに
それでも微笑まずにはいられませんでした
だってわたしは
人形 じゃない
冬に魂を売り渡して
人間 になったのだから
後戻りできないまま
ぬくもりの重みで溶けていきました
あなたが
わたしの姿を露わにするまで
氷を削ったように
わたしも
あなたの影で脈打つものを見とおしたい
その思いが
頑なだった両腕を、動かして
二人きりの暮らしを、抱かせました
?
さようなら
の 一歩手前で
あなたが瞼に口づけても
泣くことさえ許されないのでしょうか
氷に戻れない、と
冬が耳打ちしても
目元から水になって消えていくのを
止めることができない
( 夜明けの嵐が
( 寒さを刻々とゆるめながら戸を叩く
さようなら
は 永遠で
二人の底を絶えず流れていたもので
わたしが 今
いっしょに流れていこうとするのを
あなたは 置いてきぼりにされた子どものように
見ている
わたしも、そう
見たかった、だけ
あなたが目にしている世界は
あなたの目が果てしなく欠けているから
あなたは目を捕らえるための人形を作ろうとした
その思いを宿して、産声を上げたのが、わたし
失われるように
流れていく視界に
涙眼を映していたのは
あなた、だったか
わたし、だったか
知っているのは
二人が暮らした工房で
ツン、と 芽生えた
光の双葉だけ――