真実の鏡
落合朱美


その夜 女神が降りてきて 
真実を映す鏡だと言うから、覗き込んでギョッとした
 
これは私ではないと訴えたら 女神は笑う 
皮膚が剥がれているのは 
上っツラだけ善く見せようとしていた所為 
歯が浮いているのは
心にもない言葉ばかり発していた所為 
取るに足らない才能を鼻にかけてたから 
鼻は鍵のように曲がり 
人の目ばかり気にしていたから 
目は虚ろで焦点が定まらず
これが紛れもない真実の姿だと 女神は言う 

そして女神はやおら私の腹を切り裂いた 
中から取り出したのは どす黒いぬめやかな塊 
ほらごらん。これがおまえの腹黒い証拠だよ。
と、そのままどこかに捨ててくれればよいものを 
女神はいきなり私の口をこじあけて
あろうことかまた私の腹の中に戻してしまった
ぬめぬめとした黒い塊の生臭いこと
私はうぐうぐと声にならない叫びを上げて

目が覚めた

重苦しい頭とこみあげる吐き気と闘いながら
辛うじて私は起き上がり おそるおそる鏡を覗く 
蒼ざめてはいるけれどいつもの私の顔に安堵する
食欲もわかないままにのろのろと支度をして
いつもの通勤道路を歩き始めた

・・・・と、人々の視線を感じる
なぜ、みんな私を見ているんだろう
くすくすと忍び笑いさえ聞こえるような視線に
昨夜の出来事を思い出しながら怯える
俯いて、できるだけ俯いて足早に歩く
爽やかな朝の通勤ラッシュの中で
私だけが顔を上げられずに
開店前のブティックのショウウインドウの前で
私はありったけの勇気をふりしぼって
自分の姿を映してみた

嗚呼・・・
前髪をカーラーで巻き上げたままの私が映る
それはよくあるオチなのだけれど
私はその場に崩れ落ち
朝の気忙しい雑踏の中
道端にへたり込んだ私は
人目もはばからずにさめざめと泣いた





自由詩 真実の鏡 Copyright 落合朱美 2006-03-10 23:46:29縦
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