さびしい海辺の光景
前田ふむふむ

石の階段を上がり、土手に登ると、そこに、茫洋とした冬の暗い海が、厳しい様相を露出して生きていた。寄せて来る波が鋭い岩肌にあたり、砕けては、多くの白い泡の残骸をつくり、あらあらしく引いては、ふたたび波は岩に挑み、また、砕け散る。繰り返される自然の闘争のしぐさ。それは、諦めることを止めない、人間のこころの内部へ、たえまない執着を塗りこんでいる、卑屈な日常の儚さを滲ませて、憐れなほど悲しい。


片方の羽根が傷ついた海鳥よ、
おまえは、なぜそんなに悲しく泣くのか。
岩に休んでは、ふらふら飛んでゆく姿は、
わたしの歪んだ縮図。
   たどたどしい軌道を
その尖った嘴で咥えて行け。
遥か水平線を、見えたり隠れたりしている貨物船よ。
おまえは、わたしのうつろいゆくこころだ。
やがて見えなくなり、
孤独な冬を泳ぐだろう。
なまり色の広々とした顔。
わたしの惨めなこころを映すさびしい海よ。
傷だらけの海よ。痛くはないか。
お前と同じ私のこころに怒りで
石を投げているのだ。
夏を隠した暗闇よ。鮮やかなひかりを処刑した海よ。
もえる悲しい海の性たち。
     時が叩頭するまで、海よ。泣くがいい。
灰色の無慈悲な空も、わたしと一緒に泣くだろう。

広々とした海水浴場だった浜辺の上に、海の家の廃墟が息をしている。海の香りで泥酔したその家の男が、海から打ちあがる塵の瓦礫たちを、ひとつひとつ丁寧に、拾い集めている。苦悩の人生を束ねたような男の背中は、悲しみに溢れる海を泳ぎだすようだ。
海の胎内に宿る見えざる眩い雫を求めて。

   海よ。燦燦としたひかりの舞踏よ。
静かに打ち寄せるエメラルドの波よ。
  恋人と走ったあの、あたたかい海辺よ。
白いカモメたちよ。
夏と楽しく遊んだのは、いつだっただろう。

わたしは始めから、気づいたのだ。
最初からこのさびしい海を見ていなかったことを。
美しい過去が眼の中で涙となって、
溢れだしていたことを。



未詩・独白 さびしい海辺の光景 Copyright 前田ふむふむ 2006-03-07 21:06:15縦
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