前田ふむふむ



あの秋の匂いを染めこんだ息吹は、それを書留めた一冊のノートの中を吹き荒れている。
突然、その紙面の上の青色エンピツの文字のひとつが剥がれて、私の毛細血管の中に溶け込んでゆく。そして私は息吹になり、世界の全部になる。
秋に野辺で、囁く天使を呼ぶ小鳥は、極彩色の草花の中に暖かく埋もれてゆく。
闇の奥から微かに地鳴りとなって響く体温の渇きは冬の魁だろうか。
銀色の雨は、砂糖水の大人げ無さを顔色に出して、青い蛍光灯の下で見た綾取り糸の濃密さで絡み合った女の唇は秋風の冷たさがある。
枯れてゆく雲の記憶だけを残して醒めた光を映している秋の浜辺は子供を亡くした喪服の貴婦人の気高いかなしみの涙をたたえている。
穏やかな波が打ち寄せる躰から引いてゆく海のいのちの圧倒的な寂しさ、そして、安らぎよ。
それは、みどりの野を徘徊し、広葉樹の下に濡れながら佇む白い馬の瞳を通り過ぎる風ように、なんと、ここちよいのだろう。




未詩・独白Copyright 前田ふむふむ 2006-03-06 01:20:10
notebook Home 戻る  過去 未来