ヒビワレ
よーかん

氷がはった広い水たまりの上にいた。

ボクはまだ少年の体をしていた。
浅い水たまりはどこまでも広がっていた。

氷を通して気泡が見えた。
ボクはつま先を軽く押して氷にヒビをつくった。

ヒビが細かい模様をつくる。

足をのばす。
またつま先でヒビをつくる。
ヒビがつながり模様がひろがる。

ゆっくりと歩いて、
大きな円を描きたいと思った。

つま先をのばしてまた軽くおす。
それを繰り返した。

頬の赤い中学生が隣にいる。
カカトでリズムをとっている。
目がくぼんでてやせている。
あたりをキョロキョロと見渡している。

ボクは円を描くのを中断した。

「笑ってすごせばいいんだよ。
 楽しければそれでいいんだよ。」

中学生は笑顔をつくってそう言った。
笑顔は造ったものだった。
ボクにはそれがよくわかった。

瞳が全然ゆるんでいない。
劣等感と不安が顔に滲んでいた。

中学生が足を踏み出す。
バリバリと氷が割れる。
ボクの模様が無残に消える。

「楽しければいいんだよ。
 笑って過ごせばいいんだよ。」

中学生がバリバリと足を踏み出す。
円を描く。
醜く尖ったひび割れが水溜りに広がりつづける。

やめろやめろとおもいながら、
ただつったっていた。
やめてくれやめてくれとおもいながら、
ボクはつったっていた。

「そうだね、たのしければいいんだね。
 そうだね、笑ってすごせばいいんだね。」

氷の下の気泡に謝れないのが悔しかった。

やめてくれ、やめてくれ、
オマエなんて消えてくれ。
ボクがそう祈りつづけている。






散文(批評随筆小説等) ヒビワレ Copyright よーかん 2006-03-06 00:20:13
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