無条件降伏
あおば



馬鈴薯の皮を剥く
薄く剥こうとするのだが
和包丁の
刃先が粘っこくなり
剥きにくくなると
  台所の流しの横のちびた砥石
  父が生前に求めた天然石の砥石
  (柔らかい和包丁の刃を研ぐには金剛砂の砥石では堅すぎるのだと聞く)
  を
  右手に掴み
  和包丁の
  刃先を研ぐのだが
  大らかに神経を研ぎ澄まし
  滑らかに腕全体を動かして
  刃先と砥石が
  仲良く寄り添うようにと
  みぎひだり
  何回か滑らせて研ぐ
  次に
  和包丁を逆手に持って
  裏の刃先も同じように
  研いでゆく

   しかし、
   こんな研ぎ方は邪道かも知れない
   いつか見たテレビ画面では
   大きな平らな砥石を台に据えて
   両手を刃先に優しく押して
   悠々と研いでいた

    僕は、
    大きな平らな砥石も台も持ってないし
    台所には其れを置いておく場所もない
    だから、流しの傍らに薬用石鹸のように
    こっそりと置いてあるちびた砥石で研ぐ

(説明がやけに長くなったけど)
よく切れるように研ぎ直して
ジャガイモの皮を剥いてゆく
表皮をすっかり剥いてから
真っ二つに切断したら
驚いた
中央部分はドロドロに腐って
異臭を放っている
汚らしく不道徳で生臭くジャガイモと言うよりは
ジャガイモの皮を着たゾンビのような気持ち悪さだ
恐ろしい光景に目をつぶりたい衝動と無責任が生じ
一切の思考停止が命じるままに生ゴミとして放り投げる
腐った原因や対処の考察と
吟味すべき事柄も放り投げたままに目を瞑る

感覚が捨てろと命ずるので捨てたのだ
ほんの僅かな刃先の粘りの相違を
刃先が気付かなかった緩みを
見逃した感覚が育て上げた内部は
腐った空洞で詰まっていた
その腐敗の充満を嫌悪する私の感情
我が儘な不道徳を嫌悪する私の感情
食べられる部分も残っているという言葉は
語られたのだが、誰にも通じていなかった
不愉快な光景を見た者に言い繕うのは難しく
続けさせるには新たに別な動機が必要になると、
不快に感じるものは、すぐに捨ててしまう私は
弁解する間もなく新しいジャガイモを素早く掴み
済ました顔で皮むきを続行している私は
柱時計の長針、短針の角度が示す時間を
無条件に信じているのだから
作りあげるジャガイモ料理の味も
無条件に定まってしまい
満足するという領域には到達できない儘でいる
聡明という領域にはほど遠い腕前なのだから
何らかの工夫が必要だと思うのだが
その工夫は、
平らな砥石を用意することに始まるのではないかと
無条件に恐れている
意気地のないジャガイモ料理人だ。




数年前の作


自由詩 無条件降伏 Copyright あおば 2006-03-04 01:29:44縦
notebook Home 戻る