前田ふむふむ


青い朝が鈴を鳴らして合図する。
霧のむこうは、へらさぎが、雨音に耳を澄まして、
零を数え終えると、夥しい空の種が芽を出して、
幾万のひかりが降る。季節が連れて来る慈悲を、
寝台に凭れて、味わっている、盲目の母親の手に、
透明な音符が長い糸を垂らして、
編物に織り込まれるのを待っている。
絡まる世界の末端まで、おしの子供たちは、待ちきれずに、
糸を切り、寒い朝が嫉妬している、
ひかりの粒子で形成する熱帯植物の篭の鍵を開けて、
黒い花々の蜜を絡めて、飲み込み、声を取り戻す。
子供たちが朝の精気をやさしい歌声で撫ぜると、
盲目の母親の眼は開かれる。
    季節は赤い抑鬱を十分に燃焼させて、
  牧神の雄牛の掌から、春の種子がこぼれ落ちる。――
  牧神の牝牛の乳房から、豊穣ないのちの繊維を、
  夢のように湧き出している。――

青い朝がもう一度、鈴を鳴らすと、
こちらは、雨音と雨音の空隙を冷気が埋め尽くす。
小鹿が零を数えると、雨の皮膜を剥いで、
凍りつく空の窓のそとから、
火を焚きはじめた恒星を乗せる馬車が笑顔を覗かせている。
大気が眩暈を起して、躓いた足が時間に大きな穴をつくり、
黒い闇が過去を引きつれて、少しずつ墜落してゆく。

若々しい白色の太陽が森の物語を語るとき、
月は朝のかおりに泥酔して、野兎を罵倒しながら、
土を掘り、自らの骨を埋めていく。―― 
沈黙した小川で、小鳥が縦笛を取り出して、
零を鳴らすと、風景を黒い眠らぬ泥沼から、
青い乾いた緑地に修正する。――

息詰まる硬質な時をかける夜霧の嘴が、
徐々に森の秘密を抱いて陽炎のような陽だまりに隠れてから、
夜は朝の絞首台の上でうつむきながら息絶える。  

炎のような朝を突き刺す朝が、萌えている剣を抜いて、
清々しい生命を大地に与え続ける。
大地を覆う大地が胎動して勢い良く、波立つ。    
季節の喝采の中で。



自由詩Copyright 前田ふむふむ 2006-03-03 07:26:42縦
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