厳格な夏
あおば


昼飯を食べようと
台所にいたら
どこかで蝉が鳴いているような
音がした
ファンの軋む音ではないか
モーターの唸る音ではないか
風呂場でゴムホースが蛇口の前で
激しくぶつかり
互いにたたき合い
中には容器の外に飛び出して
床を濡らして虚しくなってしまうのも居て
蝉の鳴き声のような
激しい音がすることもあり
どうしても確認したくなり
風呂場のドアを開け放つと
囂々と落下する音が
泡を立てて怒り狂い
怖くなってすぐにドアを閉める
そのくらい怖いのです。
頭の中に侵入する蝉のような幻聴が
頭の中心に居座って
じゃんじゃん料理を運べだの
いい女を連れて来いだの
言いたいことを言っているように聞こえて
耐えきれなくなり
居間のガラス戸を開け放つと
外は薄日が射して蒸し暑く
夏のような陽気がどっと部屋に入り込み
身体を包み外に誘拐しようと企んでいるようだ

理不尽な、なにをする
警察を呼ぶぞと
声を荒げて
文句を言おうとしたら
アブラゼミの合唱が
遠くの霞んだ街路樹から
湯気が立つように喧しく
部屋の中にも押し寄せて
誘拐される前に殴られて
気絶させられたような
暴力的な蝉の声に
参りました
もうなにも申しませんから
お好きなように
今日一日をお過ごしになられて下さい

その場を納め
台所でパンを囓る

夏だって涼しかったのに
今頃なんで蝉が鳴く
幻聴でなくて助かった
ほっとしてその原因を考える
集団で遅れてやって来た蝉たちは
カルトのように嫌われて
追い払われて
時代を写す鏡のように
てかてかと輝いて
反射して見えない
内部構造をあらわに示し
安保反対岸打倒!
懐かしいように古いスローガンを
土の中から聞かせようたって
もう遅い
若くて
元気の良かった頃に
大日本帝国の
天皇陛下様を
お護りした
凛々しい
近衛兵たちも
介護病棟の病室のベッドで
孫や曾孫に囲まれて
体育の日を昔話で
過ごすだけしか
体力が残っていないから
アブラゼミたちはイライラするように
栄えある大日本帝国万歳と
合唱して
おいおまえ
なにを考えて生きているのだ
配給の
パンを食いながら
食欲がないなんて
ろくでなしの証拠だと
言いたいように
声を上げるのだ






作2003/10/13


自由詩 厳格な夏 Copyright あおば 2006-02-25 00:10:13縦
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