「 双月譚。 」
PULL.
ひとつ月を見ない。
最後に彼月を見たのは、
四つ前の七日双月であった。
双月。
ひとつ月と、
ふたつ月は、
兄弟月である。
大変に仲の好い兄弟月で、
二十七夜を交互に分け合い。
昇り満ち欠けて、
沈んでいた。
気性が荒く、
我が侭なふたつ月は、
他の星達や太陽と、
度々面倒を起こしたが。
柔和な性格で知られ、
弟月思いでもある、
ひとつ月が、
いつも何とか取りなして、
事なきを得ていた。
ひとつ月はふたつ月を。
ふたつ月はひとつ月を。
互いに思いやり、
助け、支え合っていた。
そのひとつ月が、
いなくなったのである。
ひとつ月を慕っていた、
星達や太陽は、
その行方を心配し、
彼月の不在を嘆いた。
悲しみは涙を呼び、
大地に降り注ぎ、
大海となった。
兄月であり、
親月代わりでもあった、
ひとつ月が、
行方知れずになり、
その動向が心配された、
ふたつ月であったが。
案の定、
鬱ぎ込み、
雲の陰に隠れ、
姿を現さなくなった。
そうして、
幾夜が過ぎた後。
姿を現したのは、
孤月であった。
ふたつ月は、
ひとりになった。
残された、
ふたつ月は、
ひとり毎夜を、
変わらず昇り沈む。
唯一つ、
変わったと謂えば、
新月が亡くなった。
月の亡い夜が不安なのか。
二十七夜を終えると、
翌夜にはもう、
ふたつ月は満ちはじめるのだ。
ひとつ月がいた頃の、
いい加減な彼月とは、
月が変わったかのような、
極端な変貌だった。
そんなふたつ月の様子に、
異を唱えたのが、
星達である。
彼星らにとって、
新月の夜は、
その綺羅を輝かせる、
大切な儀式の夜である。
なのに、
月が毎夜昇り、
闇夜を照らしては、
綺羅も思うに輝かない。
彼星らは、
ふたつ月を責めた。
容赦のない、
苛烈な責めにも、
ふたつ月は動じなかった。
なにも謂わず。
なにも請わず。
毎夜を毎夜を、
昇り沈み、続けた。
これに激怒したのは、
蒼き彗星であった。
光弦の儀式。
帚星だけが奏でる、
千年一夜の幻妖旋律。
この年こそが、
千年一夜であった。
それを台無しにされたのだ。
蜂起した蒼き彗星は、
手勢の流星を従え、
堕月を迫った。
ふたつ月は、
無視した。
二夜の沈黙の後、
一つの星が落ちた。
ふたつ月に、
星が続いた。
幾星も幾星も、
かりそめの光芒を引き、
ふたつ月に落ちた。
それでも、
ふたつ月は、
なお昇るのを、
止めようとはしなかった。
千の星が落ち、
万の光芒が流れた。
最後に落ちたのは、
蒼き彗星だった。
闇夜が裂けた。
蒼き彗星の光芒は、
夜が明けたかのように、
眩しく眩しく、煌めいた。
天空を揺さぶる光波。
千年一夜の瞬、
蒼き彗星は砕けた。
この捨て身の一撃に、
流石のふたつ月も、
酷い手傷を負った。
それを見て、
傍観者だった星達は、
この機を逃さずと、
追っ手を差し向けた。
ふたつ月は、
翌の闇夜に紛れ、
大海の中へと沈み、
その身を隠した。
この失踪の理由を、
手傷を癒すためだとも、
蒼き彗星を弔うためだとも、
星達は噂した。
ふたつ月と、蒼き彗星。
ひとつ月がいた頃は、
天酒を酌み交わす友であった。
ふたつ月がいなくなり、
闇夜の綺羅を謳歌した。
星は舞い、
星雲は歌った。
幾夜も幾夜も、
綺羅の宴は続いた。
太陽があった。
太陽は不安だった。
あのふたつ月を追いやった、
星達に脅威を感じた。
いずれ彼星らは、
夜だけでなく、
この昼さえ、
支配したいと欲す。
恐怖だった。
奇襲は鮮やかだった。
いったん暮れたと見せかけ、
地平の果てに身を隠し、
太陽は闇を待った。
やがて闇夜に、
星達が姿を現した。
いつものように、
綺羅の宴がはじまる。
彼星らの気が弛む。
地平から飛び出し、
太陽は猛然と襲いかった。
巨躰をぶつけ、
そのまま吸収する。
わずか一夜で、
星達はその数の、
一割が吸収された。
星達を吸収した太陽は、
より眩しく大きくなった。
三夜が過ぎる頃には、
闇夜の半分を隠すほど、
太陽は巨大になっていた。
巨大になるほどに、
太陽は傲慢であった。
気が付けば、
もう誰星も手の付けられぬ、
禍々しい太陽が一つ。
闇夜は見ていた。
すべての事の起こりと、
すべての争いの結末を。
闇夜は考えた。
この夜の理を、
はじまりに孵す術を。
そして結論が出た。
呑み込まれる瞬間、
太陽は思った。
「ひとつ月は、
なぜ消えたのだ?。」
残った星達は掻き集められ、
命乞いをする暇もなく、
これも呑まれた。
呑まれながら、
彼星らは思った。
「ふたつ月はどこに。」
すべてを呑み終えると、
闇夜は自らの呼吸を止めた。
それは夜の理、
闇夜の息吹。
緩やかな痙攣。
柔らかな弛緩。
薄れ逝く意識の最後、
闇夜は呟いた。
「これでいい。」
闇夜は死んだ。
こうして闇夜は、
唯の夜になった。
明けることも、
暮れることもない。
誰もいない夜、
今宵も一つ昇る。
ふたつ月ひとり。
ひとつ月は、
あの夜。
あなたが喰べた。
了。