懐かしの詩
千月 話子


大きな街のお空には 
本当の空は無いと言うのに
太陽が高く射す昼休み
呼吸をふーーと吐き出して
皆が窓を開けた
深呼吸する時間 一斉に


大きな街のお空には
化学記号が飛んでいて
すいへいりーべぼくのふね・・・
得意げに覚えた
本当は 怖い呪文
見上げた青空が黄色く変わった


 小学生のタロくんは 
 ずんずん ずんずん 街を行く
 不法投棄されたゴミの山
 頂上からの眺めは素敵
 レンゲ畑でフラフラとハチが飛ぶよ
 蜜は・・・なんだか苦い気がした


 中学生のタロくんが
 ずんずん ずんずん 街を行く
 高速道路沿い 可愛い家に住んでいる
 佐藤さんと話したい な
 だけど だけどね
 一キロ先で頭がクラクラ
 愛は伝わらず 永遠の片想い


 高校生のタロくんと
 ずんずん ずんずん 街を行く
 大きな川を二つ渡った
 空は 空は 高く青い


 切れ切れの息 筋肉痛
 友は願う 友は祈る
 「高いお山よ
   彼の成長ホルモンを
    止めて ください。」と
 ここでは叶うような気がして 皆で


 深呼吸は森の中
 深呼吸は水しぶき
 でっかい肺で ためらい無く
 どうぞ 思い切り


大きな街のお空に飛んでる
化学記号を手で払い
タロくんは 二十歳で
身長二十メートル
今日 この街を出て行きます


密集した家々 棒のような高層ビル
張り巡らされた電線と
いつか 底抜けの地下都市


猫のように しなやかに
クネクネとかわして行けず
タロくんの人型は 
ギクシャクした人間


スピーカーから聞こえる
涙声の『さよなら』と
重なった『サヨナラ』
静かに息を吐くように


大きな街で育ったタロくんは
大きな涙をこぼさぬように
大きく息を吸って
無秩序に流れる煙突の排煙を
一気に吹き消していく


成人の祝宴は 歌い踊るでもなく
ただ、ただ 一瞬澄んだ
   空を見上げた


子供の頃に習った切なく美しい詩のままに
あだたら山から見えるお空は
まだ そこに ありますか?


 きみは目指す そして
  ずんずん ずんずん
 昔話のあるだろう 風景へ




自由詩 懐かしの詩 Copyright 千月 話子 2006-01-23 23:43:32縦
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