「結婚」についての考察
服部 剛
一
昼休みの男子休憩室の扉を開くと
新婚三ヶ月のM君の後ろ姿は正座して
愛妻弁当を黙々と食べていた
「 おいしいかい?
結婚してみて、どうよ・・・? 」
と買ってきたコンビニ弁当の入ったビニール袋をぶらさげた
「 独身貴族 」の僕は問う
「 いやぁ〜・・・
一人ですいすい走ってたけど、
今では互いの足首にしっかりと赤い紐を結ばれて
最近はちょっと足の重たい二人三脚ですねぇ・・・」
休憩室のたった一つの窓から午後の日は射して
畳に伸びるM君の影は
うつむきながら箸でおかずを口に運んでいた
二
去年の春
五十三歳の詩友・Nさんと飲み屋でグラスを重ねた
テーブル越しにプレゼントしてくれたNさんの詩集を開くと
奥さんが重い病の時に書いたという
「 いつだって僕は 」
という詩を読んで頁を閉じると
向かいの席で酔っ払うNさんは
「 結婚って素晴らしいよ・・・ふたりで日々を築いていくんだ。」
とほんのり顔を赤らめていた
三
年末の仕事納めの日
職場の老人ホームで行われた「 年忘れ・カラオケ大会 」で
老いた夫が五月に亡くなる数日前まで口ずさんでいたという歌を
妻のEお婆ちゃんが歌い始めると
涙があふれ歌声は震えていた
「 長い闘病生活から放たれた安らかな臨終の寝顔と
毎朝手を合わせる仏壇の写真立てから微笑む笑顔を
思い出しちゃってねぇ・・・ 」
四
年明けに
女の詩友・Sさんと定食屋で会い
お茶をすすり飲みながら話を聞いていた
もうすぐ三回目の結婚記念日だそうで
「 結納が終ったあとに、
夫とふたり
喫茶店で向き合いながらコーヒーを飲んだ時
( これで私も一人じゃない・・ )
と思うとじ〜んときたなぁ・・・ 」
と懐かしそうに目を細めていた
テーブル越しにプレゼントしてくれた「 占星術 」の本を開くと
( 恋愛運・・・結論は急がずに。 )
五
昼休みの男子休憩室を開くと
いつも同じM君が正座する後ろ姿
愛妻弁当を食べ終えたM君は
黄色い花柄の布で丁寧に弁当箱を包んで鞄に入れると
むくっと立ち上がってロッカーから白球とグローブを取り出した
コンビニのおにぎりを食べていると
休憩室の外でM君が
灰色の壁に向かって繰り返し投げるボールが
地面に弾む 音が聞こえる