恋の花
服部 剛

仕事帰りにくたびれて
重い足どりで歩いていると
駅ビル内のケーキ屋に
女がひとり
微笑みを浮かべて立っていた 

ガラスケース越しに
ふとながめるささやかな幸福

その健気けなげな美しさを私はきせきだと思う

吸い寄せられるように引き返し
独り身のくせにふたつのケーキを買う
私は自らを阿呆あほうだと思う

部屋の引き出しの奥の日記の中には
古びて黄ばんだ白紙に震える若き日の文字 

瞳と瞳をあわせ
吐息と吐息がまじり
互いの間に一輪の花が咲いていた
あのうるおしい瞬間

薄らいだ記憶を手繰たぐり寄せるように
後ろ髪を引かれながら
ガラスケースに背を向けて
ケーキがふたつ入った箱を手に駅ビルを出る 

北風から身を守る灰色のジャンパーの下に着た
白い服に描かれた 一輪の花の絵

不器用な
愛にくたびれて
長い間 うつむいたまま立っている ドライフラワー 



自由詩 恋の花 Copyright 服部 剛 2006-01-15 13:16:00
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