このはれた さむいひに
岡部淳太郎
このはれた
けれどもとてもさむいひに
うみにあらわれたはまべで
きみというこどもは
いたずらをくりかえす
うみねこたちがなきながら
きみのいたずらをみている
*
きみがしたいたずらといえば
たまたまこのはまべにあらわれた
さびしいちゅうねんおとこの
ふとったおなかをさすっては
こういっただけだった
ねえ
このなかにあかちゃんがいるの?
*
きみはとしはもいかない
いたずらずきなこどもで
じぶんでも
そのことをよくわかっていて
ひとりではまべをあるきながら
みえないははおやにむかって
こういうんだ
ねえ おかあさん
ぼくはとてもわるいこでしょ?
*
そう
きみはとてもわるいこだから
ばつをうけなくてはいけない
おそろしく
くすぐったいような
ばつをうけなくてはいけない
こんなはれた
けれどもとてもさむいひに
ひとりきりでばつをうけるのは
どんなにかこころぼそいだろうか
でも
いたずらをしては
いけないんだよ
*
ねえ
このなかにあかちゃんがいるの?
きみはそうきくけど
ちゅうねんおとこは
ほほえみながらこうこたえる
ぼくはおとこだから
あかちゃんはうめないんだよ
そういわれても
きみはなっとくできずに
まだそのふとったおなかを
さわりつづけている
*
もしもぼくがおんなのひとだったら
きみみたいなかわいいおとこのこをうむことに
はてしないよろこびをかんじるはずなんだけど
ちゅうねんおとこはそういって
きみのちいさなてをそっとにぎる
ざんねんだけど
それはぼくにはゆるされていないんだ
せいぶつがくてきに
あきらかなことなんだよ
ほほえみながらそうつけくわえても
せいぶつがくてきってなあに?
そういってきみは
きょとんとしたかおをするだけで
こんなはれた
けれどもとてもさむいひに
うみのながいうでのそばで
きみはどんどんあたらしくなってゆく
*
せいあいや
せいべつの
なんたるかをまだしらないきみよ
いまもせかいのどこかで
だれかがうまれ
だれかがしんでいるんだ
きみもそのなかのひとりとして
このそらとうみの
ふたつのあおのあいだにたっている
ぼくにゆるされているのは
それらをただ
みまもることだけなんだよ
こんなはれた
けれどもとてもさむいひに
ぼくには
そんなことしかできないんだよ
*
やぶれたこいやあいのくのうをまだしらない
ほんのこどもにすぎないきみは
なおもふしぎそうなかおをして
やがてあきらめたようにめをほそめ
ちゅうねんおとこのそばをはなれて
なみうちぎわにむかってはしりだして
きみはこのふゆのあおじろさのなかで
まちがいのない
ひとつのあたたかさでいる
*
きみはとてもいたずらずきなわるいこだから
きみはばつをうけなければいけない
きみのまわりのおとなたちから
きついほどにあいされるというばつを
きみはきっと
それをばつだとはおもわずに
ひとつのありがたい
おくりものとしてうけとるだろうが
*
きみが
きみのおかあさんにたいして
いつもかんじているように
とてもわるいこだったとしても
ぼくは
きみみたいなくりくりしたこどもには
むげんのあいじょうをそそぐだろう
たとえこんなはれた
けれどもとてもさむいひに
きみがぼくを
こまらせるだけのそんざいであったとしても
ぼくはきみに
あいじょうをそそぐだろう
ぼくがいつも
あいというものからうらぎられていることへの
しかえしのように
*
うみのむこうをみながら
きみはぼんやりとしたかおをしている
うちにおいてきてしまった
ははおやのことをかんがえているのだろうか
ははおやがどこかで
まいごになっているかもしれないと
しんぱいしているのだろうか
せかいはとてもざんこくで
こいやあいもまたそうなんだ
このふとったおなかから
きみみたいなこどもが
うまれてくればよかったのに
きみのいたずらは
あすもあさってもつづき
きみはきみのみのまわりから
さまざまなぎもんをひろって
それらをてのひらのなかで
あたためつづけるだろう
そのあいだもぼくはきっと
うえたまなざしで
どこかをさまよいあるいているんだ
*
ぼくは
ばつをうけたい
きみが
うけるべきばつとは
ちがうものかもしれないけれど
そのかれつさのなかで
ぼくはひたすらだまっていたい
きたないよくぼうからうまれた
むくなこどもであるきみは
としおいたおとなの
とおいゆううつにもきづかずに
はまべをあるいているけれど
ふと
きみはわれをわすれたように
なみのなかのかすかなおとに
みみをすます
きみはせいいっぱいに
てつがくをしている
*
ぼくのふとったおなかから
なにかがうまれるよりもはやく
きみはなにものかを
うみだすだろう
それはきょうのようにはれた
けれどもとてもさむいひだろう
たとえそのとききみを
このうみやそらよりも
あおすぎるかんじょうが
おそったとしても
きみはあいされてあるということの
そのばつのなかで
みずからにちゅうじつであれ
*
こんなはれた
けれどもとてもさむいひに
きみのいたずらは
かたちのきまっていないものをつよく
ゆりうごかしている
せかいはあおく
こいやあいもあおい
きみはあおいこどもで
ぼくもおなじような
あおいこどもでしかなくて
そして
じんせいという
このおかしなものまで
このそらやうみとおなじように
みごとにまっさおなんだ
きみはきつくあいされなければならない
ぼくも
ほんとうは
そうされるべきだったんだ
(二〇〇六年一月)