太陰暦の日々
岡部淳太郎

            通り過ぎる日々を
読みながら、君は空気の囁きを聴いている。
時は裁かれた樹木。刈りとられた枝の先に花
は咲かない。その細い腕に鶯などがとまって
みても、その歌は、駐車違反の罰則に抵抗す
るたわごとと、思い違いされるだけだ。

            君の暦はずれてい
る。ずれていることが、君が君であることを
つくり出す。

            だが、日々は読み
つづけるには疲れる代物だから、君は読むこ
とをあきらめてしまう。多くの者は、斜め読
みや飛ばし読みで、日々をしずかに通過させ
ているのだが。曲り角が恐ろしい絶叫を上げ
て、時は区分けされた箱。そのいちばん小さ
な隅に君はうずくまって、すべての物音をは
るか遠くの出来事として聴いている。

            君が眠るそのかた
わらには、読まれることのなかった日々が、
山積みになっている。

            街はすでに春だと
いうのに、君はまだ雪の中にいて、君が休日
に執り行う祭礼をともに祝う者はなく、君は
空気の囁きを拾い集めてしまう。時はなめさ
れた獣皮。耐水性の肌で防御してみても、外
と内から火で炙られるだけだ。

            君の暦はずれてい
る。ずれていることが、君が君であることを
妨げる。

            だが、読み捨てら
れた日々を集めて捨てにいく者の労苦を、君
は思わない。これほどに長く、満ち欠けの脈
動に煩わされて、歴史が目の前で組み替えら
れるのを見守ってきたというのに、君は日を
飛び越え、月を抱きかかえたままだ。

            誰も知らない眠り
の夜、ずれたままの日々は変らずに、君の背
後で寒気につつまれている。君はひとり、ひ
そやかな場所へ、戦争に行く。



(二〇〇六年一月)


自由詩 太陰暦の日々 Copyright 岡部淳太郎 2006-01-04 22:36:00
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散文詩