ろみじゅり
田代深子





あの家は娘が男と死んで
父親は耄け録でなし倅に
譲るつもりのなかった家督を譲り
母親は髪を落として家を離れ隠ったまま
思えば娘は母親似だった
あの家は息子が女と死んで
親夫婦は教会に西の荘園を寄進し
なかよく喪服のまま巡礼へ出た
慰みか先々で貧者病者に施して
棺が黒黴に覆われるまでもどるまい
そういう後日譚
なにはともあれ若いふたりの物語

覚えているのはふたりして
国道脇のサイゼリア深夜に逢い引きを
変装か真っ青なジーンズに紺のパーカー
着慣れず物慣れず眼を泳がせる
こちらは首をひっこめ衝立にはりつく
ふたりは銀座でするように目配せで
マイトレ招き非の打ち所のない微笑
良家の子女はこうでなけりゃ
空のコーヒー碗にも気づかぬ粗忽者が
一流リストランテの給仕長気どりで
アンティパストプリモセコンドおふたりに
ドルチェエスプレッソまでたっぷり三時間
ああスローフードの宵は更けゆく

語らうのはささやかなことばかり
いつかある晴れた日に
公園でランチバスケットを広げ
鳥にパンを投げながら過ごせたら
なにがしとやらの舞台を観て
あのプリマにふたり花を届けたり
長い休暇には高原でテニスと乗馬
彼にはすばらしい栗毛と青毛がいる
風の午後に窓を開け抱き合って眠れたら
言葉みじかく沈黙はながい
かわりに語らうは指どうし
軽やかにからまりあい
ときにきつくしめあう

いつかある晴れた日に

その夜の白むころ初霜の降りた朝
ふたりは死んでいた十六と十四の齢に
ほんとうはもうなにもいらなかったのだ
ほかにもうなにもけっして容れまい
もう冬をこらえることもするまい
その先に咲きこぼれる春があっても
もういらない

俺などが詩を詠んでいる俺などに
なにがわかるかわかっていたのは
息子がお袋のお人形だったってことと
娘が親父の女だったってことと
おふたりが俺の詩を好いてくれてたこと

おふたかた聴いてください慰み者の
せめてもの






2005.12.4 卒論中に


自由詩 ろみじゅり Copyright 田代深子 2005-12-04 21:11:11
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