ホットドリンクを買いにゆく。
千月 話子


静電気が怖い、怖い、私の手の平の保湿から
握られた硬貨がするり と逃走しては
自販機の隙間へ乾燥を求めて サヨナラします。


コイン投入口は私の指先から消え去った
お金の代わりに水分を 引き入れるので
機械の中で形良く並ぶ 暖かいドリンクの
一服の清涼剤になるのだと
冬の思考が ちりちりと腕を伝って
俯く頬を不器用に 慰めるのです。


 長い影 長い影の人差し指で
 長い影と長い影のボタンを押して
 落ちてくる 落ちてくるはずだった
 ジャスミンティーの湯気 
 かげろうと花の香り


失くしたお金の行方など気にしながら
私の後ろの「わたくし」が はしたないと
耳元で「しな」と囁くものだから
新しいお金を出して 本当のお茶を買うのです。


聞いてください。あなた
そんな時 いつも
大事にしていたものを
不意に失くしてしまうのです。


ああ、、今日は、
大切なひと 生まれた年代の
きれいに磨かれた百円硬貨 ひとつ
この手から 離してしまった
悲しい道の先 アスファルト


 アスファルトに高い鉄塔の影落ちて
 垂れた電線の上を爪先立ちで歩く 夕暮れ


私の手のくるみから 暖かさが広がって
さっきまでの鬱々とした塊が
蒸気を上げて空へ上り 消える頃
鉄塔のてっぺんに立つ足を バランス良く揃えて
軽く空へ(地へ)ジャンプした 私の体は
程よく 上気して行くのです。


静電気が怖い、怖い、私の手の平から
湿度を奪った自販機の下 十センチ程の世界では
白い糸を巻き付けられた百円硬貨が
欲深い夜の盗賊の心を捕まえて行きます。


 知らないお金でコーヒー買った
 ヤケドする 舌
 罪 ひとつ


朝明けを知らせる 小鳥鳴く窓辺の机に 
ジャスミンティーの空(から)を置く
今日の硬貨を入れて。 明日の硬貨を入れて。
いつか 失くしたものが
返ってきますように と。



自由詩 ホットドリンクを買いにゆく。 Copyright 千月 話子 2005-11-19 00:08:00縦
notebook Home 戻る  過去 未来