輪郭だけが残っている
山田せばすちゃん

たとえばそれは
黄色と黒の表紙がついた
どこにでもあるスケッチブックで
軟らかい鉛筆を握って
記憶の底の君の笑顔を
なぞってみる
のだけれど

たとえばそれは
終電を逃しちゃった
お前の部屋に泊めてくれと
無理やりに押しかけていった
君のアパートで初めて見た
困ったような笑顔
なのだけれど

たとえばそれは
風呂無しの俺のアパートに泊りにきて
二人で洗面器抱えて近所の銭湯に行く途中
たまたま出くわした俺の友人に
ああ、この子が、そうなんだと言われたときの
はにかんだような笑顔
なのだけれど

たとえばそれは
深夜勤務のバイトが終わって
部屋に帰りついたとき
台所では炊飯器がことことと
もうすぐ炊き上がりの湯気を吹きだしていて
待ちくたびれてこたつでうたた寝していた
君の寝顔を覗き込んだときの
かすかな寝息まじりの笑顔
なのだけれど

たとえばそれは
最近電話出てくれないよねと
何週間ぶりかの喫茶店でそう言った君に
バイト忙しくてさ、なんて
見え透いた嘘をついたときの
テーブルの向こう側の
少しさびしそうな笑顔
なのだけれど

たとえばそれは
三条大橋のたもとで
雪混じりの風が吹く晩
俺、お前といると気持ちが安らぐんだけれど
あの女といると気持ちがわくわくするんだ
だからどうしてもあの女のことを思い切れなくって、なんて
手前勝手なことを一息に言い捨ててから
振り返って見た
前髪に雪のかけらをつけたままの君の
涙を流しながら必死に笑おうとしている
最後の笑顔
なのだけれど




輪郭だけが残っている




自由詩 輪郭だけが残っている Copyright 山田せばすちゃん 2004-01-14 01:09:59
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