優しい機械
岡部淳太郎
まっすぐな姿勢で、書きなさい。
こんな忠告とともに、身体の歪みを矯正して
くれる機械があったら、私はそれに従うだろ
うか。椅子の背もたれの部分に備えつけられ
たセンサーが、座っている者を背後から素早
くスキャンし、伸ばされたアームが背中と首
を掴んで、まっすぐの、正しい姿勢に直して
しまう。それはほとんど拘束のようなものだ
が、機械の意思には人に対する優しさが潜ん
でいて、ひたすら機械が信じた正しさの方へ
と、人を導いてゆくのだ。
誰もが、そんな機械には従いたくないと思う
だろうが、人の心は、ある面から見れば機械
のようでもあるので、なし崩しの快楽のよう
に、機械の言うままに姿勢を直そうとする者
が現れても、不思議ではない。近代の自由が、
近代の頭脳が発明した機械によって、奪われ
る。そのことの皮肉を言葉にこめてうたおう
とすると、私の背後で、正しい意思が私をと
らえて向かわせるのだ。正しい姿勢の、静か
な夜明けの方へと。
やがて、私の詩もまっすぐに直されてしまう。
背後で機械は、優しい痴呆の笑みを浮かべて
いて、目の前の机には、均された荒野が広が
っている。
(二〇〇五年十一月)
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散文詩