夏の朝ははやばやと起きて
なを

あのころ
とても好きだったのは
Mと云うおさない綺麗なひとで
ピアノを弾くひとでした
むきだしのあしををちいさいおとこのこども
のように
黒い椅子のうえで揺らして居たのを覚えて居る
重い鎖のような時計をはずしてわたしの手に預けて
夏の朝ははやばやと起きて
道がふたてにわかれて居るところまであるいてゆく
そうして、そこに
花の咲く木があることだけをたしかめておいてようやく安心して
ベッドにいそいで戻るまだだれもめざめないうちに
その枝には幽霊がひっかかって居てあれは
くびをくくって死んだひとの幽霊だなんて
ずいぶん陳腐なことを云うものだわ、なんて
ほんとうはわたしこころのなかで笑って居たの
Mは膝を出すぶかっこうな服を着てあまいべたべたした飲みものや
食べものをそのうえにこぼすから
わたしはハンカチを貸してやるんだけれど
どうせ汚すことがわかってるのにどうして
白いシャツを着た日にケチャップのかかったオムライスなんかたべるの
バカなこども、とおもって
こころの底から嫌になって それから
わたしたちがならんでそとを眺めていると
わかれみちの木にはいっぱいに花が咲いて居て枝には幽霊がすずなりになって居て
なんて綺麗
なんて綺麗
綺麗だねえとMが阿呆あほうの子のように笑うから
そのやわらかい頬を眺めて
そのとき
わたしおもったの
わたしがMを好きなようにMがだれかをあんまりにもすきになって
嫌になることはあるのかしら、
こころの底であざ笑ってバカみたいとかおもってうんざりして
そうしてそとを眺めて花や星やいぬやねこやとりや、
なにか、
綺麗なよいものをみつけてそしてそれがそのだれかとそっくりで
(でもわたしいがいはそれをしらない)いたたまれないような
祈るような気もちになることはあるのだろうかしら、って

そうだといいのに 
ねえ あなたの 
お祈りのことばは
どんなふうに床に転がるのでしょうか

ピアノのよこで髪にキスをする幼い子のような
跳ねる笑い声を時計の鎖で絡めとる Mを抱いて
(花のように星のようにいぬやねこやとりのように)
失禁のようにぼんやりしたぬくみが両膝に挟んだ脚からいまだに滴りおちるのです

まだあの夏の朝がつづいて居る様に




自由詩 夏の朝ははやばやと起きて Copyright なを 2005-11-09 12:03:18
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