願望充足1
佐々宝砂

暗い部屋で、でなければ暗い森で
そうでないなら
夜七時過ぎの町工場の隅の暗がりで
(何がなんでも、あくまでも、暗くなくてはならない)
かさり、と微かな音たてて動く物影は
ホモ・サピエンスかもしれない
(だった、かもしれない)
彼、なのか、彼女、なのか、問わない
それ、であってもいいのだが、ともかくその物影は
いくらかの知性を有しており
いくらかの憂いを知っており
目の下にはくっきりと隈があるが
その隈はホンモノではなく装飾でありメイクアップであり
その指先からはたらたらと血が滴っているが
その血液は、それ、のものではなく
それ、の足元には
かつてホモ・サピエンスであった肉塊が
引きちぎれ割れて砕けて裂けて散り
明日には腐りどろどろと溶解し果てるであろうその肉塊を
それ、は
憂いではあれ悲しみでも絶望でもない感情で見つめ
ほほえむ

そのほほえみが
わたしはほしい


自由詩 願望充足1 Copyright 佐々宝砂 2005-11-06 02:31:03
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