フランケンシュタインの夜
千月 話子

   入眠


夜を行く 夜行列車の端から端まで
眠れないという あなたの背中を
私の恋を知る 二年の黒髪で覆い尽くす


やがて 足が滑らかに滑り落ち
月の無い夜を 黒豹と翔け行くのだろう


そこから 私達の手と手を手繰り寄せ
今は 出口の無い水路を
後ろから抱き締め 漂う


ノンレムが 瞼の震えと引き換えに
しんしんと色を変え 見えなくなるまで





   人形作家


停電の夜だから 
得体の知れないマシマロという菓子を置く
ベランダの銀の手すりに


光るもの 白く光るものがこの世の救いで
網膜が意識する唯一の今は 糧


静寂の闇に耳が聞く
羽音の正体を天使だと思い
今夜、私は人形に
ガラスの瞳を入れてゆくのです


この大人気無い腕を伸ばし捕まえる
白い羽根の感染者になる日


そのうち 私の掌が白々と明けて行き
金色の眼球を探し当て 窪みに差し込むと
私達は見つめ合い 飽きるまで見つめ合うのです


この朝は 壊れた昨夜を治すようにやって来て
ベランダに光り降る道筋に
私も傷を癒します


薄汚れたコンクリに落ちた金糸を混ぜて 今日は
彼女の髪を梳いてあげようかと思いながら





   人型美


赤い花で飾った西洋窓から 美しい腕ばかり見ていた
 左手が思い出す祈りを絡ませ 指先で

薄桃の木枠のはまる西洋窓から 彼女のふくよかな胸ばかり見ていた
 私のときめきが 零れ落ちても

白いレース揺れる西洋窓から 私達は女の息づく腹を愛おしく見ていた
 可愛い我が子よ あそこへお行き

枯れ枝のしなる西洋窓から あの人の陶器のような頬を見ていた
 夜を迎える低い陽に 産毛の光る

ひび割れて日々割れて行く西洋窓から 波打つように落ちて行く
貴婦人の 絹のような栗毛を見ていた
 私の形良い頭に海を 描きたい

この街で生まれ、この街で育ち、この街から旅立った
愛しい人を待ちながら
私達の部位を人でなしに奪われようとも
青い海の見える この西洋窓から想い続ける・・・



もう誰も居ないのに 誰かが居るような家々
その高台から 人々が名所を廻る様に覗き見ると
窓の連なりに 彼女らは知らず重なり
形良く 美しい人になる
「フランケンシュタインの花嫁」と題された
古く 壊れかけた街で






自由詩 フランケンシュタインの夜 Copyright 千月 話子 2005-11-01 23:11:06
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