ハウス
石川和広





誰かわたしを飼ってください
朝 かろうじて
そう わたしの耳がささやいたとき
ひとが姿を現しはじめた

かつて わたしがどんぞこで
まだ 形をとりもどしていない頃だった
へやには キャベツ チーズ 卵が
腐ったままおかれていて とても美しかった

わたしはあせっていた
内臓が弱っているせいか
腹は下しやすくなっており
頭はあつく 手足が冷たかった
早く火にあたりたかった
空に火はまたたいていたが
何の慰めにもならなかった

ひとが姿を現すにしたがって
わたしの感受の森はいっそう深くなり
その深さを燃やしてやりたいと思いはじめる
残虐だが
いとなみはそうやって始まる

いとなみはまた森とは別の
たくさんの その時々の生育と死をはらんでおり
いつまでもなれぬまま
足元は覚束ないまま
まるでもう一度初めて生まれたみたいだった

今も覚束ない

始まっていても飼われるのが好きなわたしでも
もう一度生まれたのだから
おそるおそる胸に水をかけるように
そして手を動かすようにして周りのものの
匂いから覚えていかねばならない

銀色の魂がほしい
月を見てそう思った
感じたまま匂いを口にすれば飼い主を泣かせる
だからそうっと鳴かなければならない

耳がつつぬけになって
それを脱脂綿でふさがれた

奇妙なことに わたしは責任というものに気づき始める
飼われたままではいけないのだ
そうふさがれた耳がちぎれるように問い詰められたのだ
飼い主ではなく
より大きな森に

ちゃんとお散歩し
ちゃんとお薬を飲まなければならない

闇猫たちの集会にも出られない
わたしは闇猫でもないことに気づき始めたからだ
飼い主にすがって 鳴いてちゃんとすわれなければならない

そうしてちゃんとすわったころには夕暮れが来て
朝をどこへやったかは忘れてしまいかける
そんなときがある


自由詩 ハウス Copyright 石川和広 2005-10-26 18:26:27
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