宣告
落合朱美


宣告を受けた日
私たちは意外なほど冷静だった
それはおそらく
屈強な父の姿には癌という病名が
あまりにも似つかわしくなかったからで

父はいつもの如く寡黙だったし
私たちは淡々としていて
それはおそらく
驚きや悲しみなんかよりも
入院治療に掛かる費用や
要介護の祖母の世話のことなど
現実として捉えなければならない
問題が多々あったからで

だけどその夜は遅くまで誰も
独りになろうとはしなくて
居間の真ん中にかたまって
いつまでもひそひそと寄り添っていた


第二の宣告は残酷だった
あのほど頑固だった父が
黙って医者に従い手術に臨んだ
それなのに
癌は全て取り去ることが出来ないのだと云う

父も私たちもこれからずっと
爆弾を抱えながら過ごすのだと
思い知らされた


何故この人が死ななければならない
死にたい人なんか
他にもいっぱいいるじゃないか
何故この人を
父を


死にたいと云う人は
生死というものを選択肢として
まだ自分の意志で選び取ることが
出来るという証拠なんだろう

選択肢の片方が遮断されたなら
その時から生も死も
いきなり現実味を帯びて
目の前に迫ってくる

果たして人はその現実に
耐えられる生き物なのだろうか


あの日 寡黙だった父が
たった一言漏らした言葉

・・・・みっともなくたっていい
   俺は少しでも長く生きたい・・・・

その日以来
盲目であることを悲観して
毎日死にたいと零していた祖母は
ぴたりとそれを云うのをやめた



あれから二年
父はまだ生きている
老いはじめた身体を
鍛えながら労わりながら
ゆるやかに懸命に
生きている

私たちはあいかわらず淡々と
黙ってそれを見守るしかない日々

だけどその姿は
娘のひいき目で見たって
けっしてみっともなくなんかない





自由詩 宣告 Copyright 落合朱美 2005-10-01 12:26:35縦
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